【 ロマーリオ 】 168/70 1966-1-29  FW



シーズン 所属 リーグ 試合 ゴール
85 ヴァスコ・ダ・ガマ Bra1 21 11
86 ヴァスコ・ダ・ガマ Bra1 40 30
87 ヴァスコ・ダ・ガマ Bra1 37 23
88 ヴァスコ・ダ・ガマ Bra1 24 16
88 / 89 PSV Net1 24 19
89 / 90 PSV Net1 20 23
90 / 91 PSV Net1 25 25
91 / 92 PSV Net1 14 9
92 / 93 PSV Net1 26 22
93 / 94 FCバルセロナ Spa1 33 30
94 / 95 FCバルセロナ Spa1 13 4
95 フラメンゴ Bra1 37 33
96 フラメンゴ Bra1 22 26
96 / 97 ヴァレンシア Spa1 5 4
97 フラメンゴ Bra1 23 21
97 / 98 ヴァレンシア Spa1 4 1
98 フラメンゴ Bra1 28 24
99 フラメンゴ Bra1 35 28
00 ヴァスコ・ダ・ガマ Bra1 44 39
01 ヴァスコ・ダ・ガマ Bra1 27 34
02 ヴァスコ・ダ・ガマ Bra1 32 23
フルミネンゼ Bra1 22 15
02 / 03 Al-Sadd Doha Qut1 3 0
03 フルミネンゼ Bra1 21 13
04 フルミネンゼ Bra1 13 5
05 ヴァスコ・ダ・ガマ Bra1 31 23
06 Miami FC U.S.A.2 21 17
06 / 07 Adelaide United Aust1 4 1
07 ヴァスコ・ダ・ガマ Bra1 6 3
655 522

サッカー王国ブラジルが誇る天才ストライカー。
得点を取るための全ての才能に優れ、小柄であるが当りに非常に強く(めちゃめちゃ足腰が強い)、空中戦にも強い。
何よりも加速力が優れており、2、3歩でトップスピードに乗っている。          
さらにポジショニングが飛びぬけて優れているのだから、手のつけようがない。

ただし、めちゃめちゃわがままな性格をしており、思ったことをすぐに口にするため問題を起こす事が非常に多い。
しかし、その自由奔放な性格からブラジル国民から愛されており、ロナウドなど話にならないくらいの人気がある。

85シーズンに名門ヴァスコ・ダ・ガマでトップデビューをする。
86シーズン、87シーズンに連続して州選手権の得点王となり、ブラジルを代表するストライカーに成長する。

88/89シーズンにはオランダのPSVに移籍し、驚異的な得点能力を発揮することになる。
入団してから3シーズン連続で得点王に輝き、チームも3シーズン全て優勝している。
結局92/93シーズンまでの5シーズンでリーグ戦に109試合に出場し、98ゴールを挙げるという驚異的な成績を残す。
そして93/94シーズンには当時黄金時代を誇っていた、クライフ率いるFCバルセロナに引き抜かれることになる。

ロマーリオは入団会見で「30ゴールを挙げる」と宣言した。
誰もそんなことは信じてはいなかった。
開幕から素晴らしいパフォーマンスでゴールを量産する。
しかし、シーズン半ばにセビージャのシメオネへの暴力行為で1ヶ月の出場停止になってしまう。
その後復帰してからもゴールを量産し(クラシコではハットトリックも達成)、
最終節で30ゴール目を挙げ、ディポルディボ・ラ・コルーニャを逆転して優勝する。

CLでは決勝でACミランに敗れるも、決勝進出を果たしている。
このシーズンのロマーリオの神がかった大活躍ぶりは、いまでもバルセロナの伝説となっている。

しかし、ワールドカップでMVPに輝いた後の翌94/95シーズンではチームの合流に遅れ、練習をサボったり、クライフの批判などの色々な問題を起こし、
サポーターからのブーイングを背に、シーズン途中であっさりと退団、ブラジルに帰ってしまう。


ブラジル帰国後はフラメンゴに在籍、ここでも常にゴールを量産する。
96シーズンからは、4シーズン連続、サンパウロ州選手権得点王に輝く。
96/97、97/98シーズンには、それぞれシーズン頭にヴァレンシアに在籍するが、監督との確執からすぐにフラメンゴに帰ってしまった。


その後、00シーズンにヴァスコ・ダ・ガマに復帰して活躍する。
02〜04シーズンにはフルミネンゼに在籍するが、05シーズンには再びヴァスコ・ダ・ガマに復帰。
このシーズンにブラジル全国選手権で39歳でありながら、得点王に輝く。


いまはアメリカやオーストラリアのチームを渡り歩き、念願の「生涯通産1,000ゴール」に向けて、ゴールを量産している。 


代表では70試合で35ゴールを挙げている。
その性格から代表でも問題を起こし続け、召集されないことが多い。
しかし、召集されれば必ず得点を挙げ、ブラジルを窮地から何度も救ってきた。

87年の南米選手権で、代表として初の大舞台に立つ。
ベベットと2トップを組み、ゴールを量産。
ウルグアイとの決勝戦では唯一のゴールを奪い、ブラジルに栄冠をもたらすと共に、世界にその名を知らしめた。

しかし、90年W杯では、当時のビッグネームであった、カレカとミューレルの前にレギュラー争いに敗れ、ベンチを暖めることとなった。

その後、クラブでの活躍が認められ、ブラジルのエースとなるが、問題の多さから召集を見送られることが多くなる。

94年のW杯予選では、ブラジルが負ければ予選敗退の危機というときに、パレイラ監督は招集を見送ってきたロマーリオを召集。
南米予選の天王山であったウルグアイ戦で復帰、あっさり2得点を挙げ、ブラジルの予選突破に貢献。

W杯ではベベットと、当時世界最強と言われた2トップを組み、非常に守備的であったチームで5得点を挙げ、ブラジルを優勝に導き、大会MVPとなる。
 
その後、若き怪物ロナウドと「RO-RO」を組み、W杯前まで親善試合(94年のW杯で優勝したので、予選は免除)で点を取りまくる
そのコンビは間違いなくW杯でも最強のコンビになるはずであったが、ブラジル代表の首脳陣のジーコらによって、大会前に「怪我」という理由で代表を外される。
 (結局ブラジルは本大会で準優勝するが、全く方向性のないチームで、国民からの反感を買う)

02年のW杯南米予選では、またもやチームの危機にロマーリオを召集。
1試合で4得点を挙げるなどの大活躍を見せるが、相変わらずの口が災いとなり、またもや代表を追放されてしまう。


意外ですが、ドゥンガとは無二の親友だそうです。性格は真逆のような気がしますが・・・・・・・・

ちなみに、ソウルオリンピックでは得点王に輝いています。


ロマーリオは、私がリアルタイムで見た中で、間違いなく最高のストライカーです。
性格に問題がありますが、この性格であるからこそロマーリオはロマーリオなんだと思う。
こういう選手はもう現れないだろうな。