ミラン ラパイッチ 】 183/85 1973-8-16  FW/MF



シーズン 所属 リーグ 試合 ゴール
91 / 92 ハイデュク・スプリト Cro1 2 2
92 / 93 ハイデュク・スプリト Cro1 17 4
93 / 94 ハイデュク・スプリト Cro1 25 8
94 / 95 ハイデュク・スプリト Cro1 15 2
95 / 96 ハイデュク・スプリト Cro1 25 6
96 / 97 ペルージャ Ita1 30 4
97 / 98 ペルージャ Ita2 28 5
98 / 99 ペルージャ Ita1 34 9
99 / 00 ペルージャ Ita1 28 2
00 / 01 フェネルバフチェ Tor1 29 11
01 / 02 フェネルバフチェ Tor1 16 3
02 / 03 フェネルバフチェ Tor1 6 1
ハイデュク・スプリト Cro1 11 3
03 / 04 アンコナ Ita1 14 4
04 / 05 S・リエージュ Bel1 20 4
05 / 06 S・リエージュ Bel1 18 7
06 / 07 S・リエージュ Bel1

スピードとパワー、そして絶対の自信を持つ左足を持ち、ボールを持てばとにかくドリブルを仕掛け、超強引なまでの突破でファンを魅了した選手。
好不調の波が大きいが、好調時のこの選手を止めることは不可能と言えるかもしれない。
コーラとタバコをこよなく愛し、腹には常に贅肉がついていた。

91/92シーズンにクロアチアの名門ハイデュク・スプリトでトップデビュー。
92/93シーズンにレギュラーに定着すると、モルナルやアサノビッチらと共に活躍。
93/94、94/95シーズン連覇を果たし、国内有数の選手に成長する。

95/96シーズンにはイタリアのペルージャに移籍する。
当初イタリアでは持ち味である強引なプレーが通用せず苦しんだが、徐々に本領を発揮する。
しかし、チームは2部に降格してしまった。

96/97シーズンもペルージャに残りプレー、1シーズンで1部に復帰を果たす。

96/97シーズン、ペルージャに中田が加入すると、その才能は大きく花開く。
2部落ちの筆頭の候補であったペルージャはホームで抜群の強さを見せる。
ラパイッチのドリブルは強豪相手でも凄まじいまでの破壊力を見せ、セリエAでも注目される存在となった。
9ゴールを挙げ、多くのアシストを記録、チームを中田と共に残留に導いき、ビッグクラブへの移籍も噂されるようになった。

97/98シーズンの開幕前には、インテルやユベントスへの移籍が報道されたが、結局ペルージャに残留。
このシーズンが始まると昨シーズンのキレはなく、体は重く別人のようなプレーを見せる。
最後まで本来の動きを取り戻せず、シーズン終了後イタリアを去った。

98/99シーズンからはトルコのフェネルバフチェでプレー。
このシーズン、ラパイッチは本来のフォームを取り戻し、驚異的なパフォーマンスを見せる。
得意のドリブルを止めることのできるDFはトルコにはいなかった。
ラパイッチは11ゴールを挙げ、さらに21アシストを決め、チームを5シーズンぶりの優勝に導き、シーズン最優秀選手にも選ばれた。

しかし翌99/00シーズンは、怪我の影響もあったが、またもや別人のように冴えないプレーを繰り返す。

00/01シーズンに途中には、古巣のハイデュク・スプリトに移籍。

01/02シーズンは再びイタリアでプレーすることになったが、かつての輝きは取り戻すことはできず。
17試合の出場のみで、シーズン終了後にはベルギーのスタンダール・リエージュに移籍した。

ベルギーに移籍してからは、ベテランということもありレギュラーではないものの、出場すれば得意のドリブルで活躍している。


代表では48試合で5ゴールを挙げている。
94年にデビューを果たしたが、多くのタレントを抱える当時の代表に定着するとこはできなかった。
99年に代表に復帰すると、02年のW杯に出場。
グループリーグのイタリア戦では素晴らしい動きを見せ、決勝点を挙げ、番狂わせの主人公となった。


もし自分に厳しく、真面目な選手であれば、サッカー史に残る偉大なプレイヤーになっていたかもしませんが、それもまた魅力と言えます。
体つきからして、あんま練習もしてないんでしょうけど、好調時にはビッグプレーを連発します。