【 パトリック クライファート 】 188/80 1976-7-11  FW



シーズン 所属チーム 試合 ゴール
94 / 95 アヤックス Net1 25 18
95 / 96 アヤックス Net1 28 15
96 / 97 アヤックス Net1 17 6
97 / 98 ACミラン Ita1 27 6
98 / 99 FCバルセロナ Spa1 35 14
99 / 00 FCバルセロナ Spa1 26 16
00 / 01 FCバルセロナ Spa1 31 17
01 / 02 FCバルセロナ Spa1 33 18
02 / 03 FCバルセロナ Spa1 34 15
03 / 04 FCバルセロナ Spa1 21 8
04 / 05 ニューカッスル・U Eng1 25 6
05 / 06 ヴァレンシア Spa1 10 1
06 / 07 PSV Net1 16 3
07 / 08 リール Fra1 14 4
  計 342 147

最高のサッカーセンスを持つ、身体能力も高いセンターフォワード。
ポストプレーを非常に得意とし、数々のゴールを演出してきた。

しかし、決定力に関しては物足りなさを感じる。
スーパーゴールを決めることはあるが、それ以上にイージーゴールを外してしまうことが多かった。

アヤックスのユースで育て上げられた少年は、アヤックス育成システムの最高傑作として、ファン・ハール監督の元、94/95シーズンにトップデビューを果たす。
そしていきなり18ゴールを挙げ、リーグ優勝に貢献。
さらにCL決勝戦でゴールを決め優勝し、世界中にその無限の才能を見せつける。
シーズン終了後、世界中のビッグクラブが注目するが、移籍はせずにアヤックスでプレーを続ける。
95/96シーズンにも15ゴールを挙げ、リーグ優勝に貢献。
CLでは2シーズン連続で決勝に進むも、ユベントスに敗れる。
96/97シーズンには、故障などがありわずか6ゴールでシーズンを終えるが、評価は下がることはなかった。

97/98シーズンには満を持してビッグクラブへ移籍。
移籍先は、イタリアのACミランであった。
サポーターは偉大なるオランダ人ストライカー、ファン・バステンの再来として、大きく期待を寄せる。
しかし、その期待は大きく裏切られる。
シーズンを通してレギュラーとして出場するも、27試合でわずか6ゴールしか挙げられなかった。
チームは下位に低迷し、戦犯として放出要員となってしまう。

それに目を付けたのが、FCバルセロナの指揮をとって2年目を迎えていた、ファン・ハールであった。
ファン・ハールは3トップの中央で、ポストプレーができるセンターフォワードを探していた。
そしてアヤックス時代の教え子であるクライファートを獲得する。
 
98/99シーズンにFCバルセロナに加入し、リバウド、フィーゴと3トップと豪華3トップと形成する。
自身15ゴールを挙げ、さらに絶妙のポストプレーとパスセンスでリバウドのゴール量産を支える。
チームはリーグ優勝を果たす。

しかし、このシーズンを含め、6シーズンFCバルセロナでプレーするが、リーグ優勝は1度だけでタイトルには恵まれなかった。
6シーズンで88ゴールを挙げたが、各下相手の固め取りが多く、大事な場面でシュートを外すことが多かった。
ポストプレー以外では、持っている才能を全て発揮したとは言い難い。
 
03/04シーズンにアヤックス時代のチームメイトであるライカールトが監督に就任すると、ベンチを温める機会が多くなる。
シーズン終了後、移籍を決意。
 

04/05シーズンには、イングランドのニューカッスル・Uに移籍するが活躍できなかった。
05/06シーズンにはヴァレンシアに在籍するが、シーズンわずか1ゴールという寂しい結果になっている。
 
06/07シーズンにはオランダに戻り、古巣アヤックスのライバルであるPSVに移籍。
しかし、オランダでもかつての動きを取り戻すことはできなかった、シーズンわずか3ゴールで終わり、チームは優勝を果たしたものの、その優勝に貢献したとは言い難い。

07/08シーズン、活躍の場を求めてフランスのリールに移籍する。
かつての輝きを取り戻すべく、確実にスタメンを約束されたチームに移籍したはずだったが、コンディションは上がらず、
さらにかつてプレーした世界トップの舞台とのギャップの差が大きかったのであろうか、復活を果たすどころか、シーズンが終わってみれば、
出場試合数は半分にも達することもなく、得点はわずか4であった。

このシーズン終了後には、指導者のライセンス取得を目指すというコメントを残し、リールを退団している。

かつて天才の名を欲しいままにしていた男は、このまま終わってしまうのであろうか。


 
代表では79試合で40ゴールという素晴らしい成績を残している。40ゴールはオランダ代表歴代1位の記録である。
98年W杯では、グループリーグでのラフプレーで2試合の出場停止処分を受けるが、復帰してからは2得点を挙げ、チームの4位に貢献する。
00年の地元開催の欧州選手権では、5得点を挙げ得点王に輝くが、準決勝でイタリアにPK戦で敗れる。
 
02年W杯予選では、エースとしてプレーするが、大事な場面でシュートを外す場面が目立つ。
プレーオフをかけたアイルランドと直接対決でも、シュートは外しまくり、チームは予選敗退となってしまう。

その後、ファン・ニステルローイの成長により、代表では控え扱いとなる。
04年の欧州選手権では、メンバー入りするも、出場機会は無かった。


選手として完璧とも言える能力をもっているに、クラブレベルの数字を見ると、かなり物足りないものを感じます。
かわいい顔をしているんですが、夜遊びが好きで、問題児という一面も持っています。
 
最近は全然活躍の話を聞きませんし、ここまま終わってしまうのでしょうか・・・・・・