
【 マウリトゥオ ガンツ 】 174/70 1968-10-18
FW
| シーズン | 所属 | リーグ | 試合 | ゴール |
| 86 / 87 | サンプドリア | Ita1 | 12 | 0 |
| 87 / 88 | サンプドリア | Ita1 | 1 | 0 |
| 88 / 89 | モンツァ | Ita2 | 33 | 9 |
| 89 / 90 | パルマ | Ita2 | 32 | 5 |
| 90 / 91 | ブレシア | Ita2 | 34 | 10 |
| 91 / 92 | ブレシア | Ita2 | 36 | 19 |
| 92 / 93 | アタランタ | Ita1 | 32 | 14 |
| 93 / 94 | アタランタ | Ita1 | 24 | 9 |
| 94 / 95 | アタランタ | Ita2 | 20 | 14 |
| 95 / 96 | インテル | Ita1 | 32 | 13 |
| 96 / 97 | インテル | Ita1 | 30 | 11 |
| 97 / 98 | インテル | Ita1 | 6 | 2 |
| ACミラン | Ita1 | 19 | 4 | |
| 98 / 99 | ACミラン | Ita1 | 20 | 4 |
| 99 / 00 | ACミラン | Ita1 | 1 | 1 |
| ヴェネチア | Ita1 | 19 | 8 | |
| 00 / 01 | アタランタ | Ita1 | 24 | 5 |
| 01 / 02 | フィオレンティーナ | Ita1 | 15 | 2 |
| 02 / 03 | アンコナ | Ita2 | 29 | 11 |
| 03 / 04 | アンコナ | Ita1 | 25 | 3 |
| 04 / 05 | モデナ | Ita2 | 30 | 4 |
| 05 / 06 | Lugano | Zwi2 | 23 | 11 |
| 06 / 07 | Pro Vercelli | Ita4 | ||
| 計 | 497 | 159 |
イタリアには、サッカー人生のほとんどをプロビンチアや2部のチームで過ごす有能なストライカーが多くいる。
イタリアのビッグクラブの前線には多くの有能な海外選手が在籍しているため、ワールドクラスの実力がない限り目を向けてもらうことなどない。
マニエロ、カッチャ、フェランテ、ルイーゾ、トバリエリ、プロッティなど、
数え上げればきりがないほどの有能なストライカーがそういうサッカー人生を送った。
しかし、このマウリトゥオ・ガンツはプロビンチアで地道に活躍を続け、インテルのレギュラーにまで登りつめた異色の選手である。
体格が恵まれているわけでもないし、テクニシャンというわけでもない。
ゴールへの飽くなき執念を持つ、魂のストライカーである。
86/87シーズンにサンプドリアでトップデビューする。
しかし、結果を出せず88/89シーズンには2部のモンツァに移籍する。
そこで9ゴールを挙げ、徐々にその得点感覚を開花していく。
その後2部のチームを渡り歩き着実に結果を残し、92/93シーズンには1部のアタランタに移籍することになる。
ここで、シーズンを通して素晴らしい活躍を見せ、14ゴールを挙げる。
翌93/94シーズン、チームは成績を残せず2部に降格するが、不振のチームで9ゴールを挙げ存在をアピールする。
94/95シーズンは、再び2部でのプレーとなった。怪我がありシーズンを通しての活躍はできなかったが、
モルフェオという好タレントに支えられ、20試合で14ゴールを挙げ、1部昇格の原動力となる。
そしてこの活躍に目を付けたのが、なんとインテルであった。
インテルは94/95シーズンに決定力不足に泣いた。
エースのソサは故障のためフルに使えず、ベルカンプは期待はずれ、若きデルベッキオはまだ才能を持て余していた。
95/96シーズンに、補強としてインテルはロベルト・カルロス、サネッティ、インスを獲得していた。
これ以上の外国人枠がないため、インテルはFWにイタリア人を獲得する。
1人は実力者マルコ・ブランカ、そしてもう1人がガンツであった。
このシーズン、インテルは開幕から結果を残せず低迷する。
シーズン中盤からチーム状態も良くなり、2トップも機能し始める。
ガンツはインテルでもその得点感覚を発揮し、13ゴールを挙げる好成績を残した。
(ブランカは17ゴールを挙げ、2トップで30ゴールを挙げた)
しかしチームは上位に食い込むことはできず、7位でシーズンを終える。
翌96/97シーズンは、EU圏内の外国人枠の撤廃により、インテルは多くのスター選手を揃える。
FWにはサモラーノとカヌというワールドクラスを獲得する。
(カヌは心臓疾患が見つかり、プレーできなかった)
これにより、ガンツは出場機会を失うかと思われた。
シーズン序盤はサモラーノをFWの一番手として使うことが多く、出場機会は限られていた。
しかし、サモラーノは起用に応えられず、多くの得点を挙げる事はできなかった。
そしてガンツに出番がまわってくる。
ガンツはレギュラーに定着すると、貴重な場面でゴールを挙げ、多くの勝利に貢献した。
結局このシーズン11ゴールを挙げる見事な成績を残し、チームはCL圏内の2位は逃したが、数シーズンに渡る不振から抜け出す3位という好成績を残した。
この頃には気迫溢れるプレーで、ガンツはインテリスタの中で絶大な人気を誇るようになっていた。
しかし翌シーズン、さらに厳しい状況に置かれることになる。
97/98シーズン、インテルは1人のブラジル人FWの獲得に成功する。その名は「ロナウド」。
FCバルセロナで鬼神のごとく暴れまわった天才を、高額な移籍金で手に入れた。
さらに、ジョルカエフがこのロナウドと2トップを組むことになり、ガンツは完全にベンチ要員になってしまう。
このシーズン途中に出場機会を求め、ライバルのACミランに移籍する。
ACミランでは低迷するチームで救世主と期待されたが、途中出場が多かった。
しかし、途中出場でもそのプレースタイルでチームを引っ張った。
翌98/99シーズンには、ザッケローニが監督に就任。
ビアホフが不動のエースストライカーとして君臨したため、このシーズンもサブとしてプレー。
サブとしての役割を充分に果たし、チームの3シーズンぶりの優勝に貢献した。
99/00シーズンにはシェフチェンコが加入したため、一気に出場機会が減り、シーズン途中でヴェネチアに移籍。
ヴェネチアではシーズン途中からの加入で、19試合しか出場できなかったにも関わらず8ゴールを挙げた。
しかし、チームは2部に降格する。
その後、フィオレンティーナやアタランタなどのクラブを渡り歩き、05/06シーズンにはスイスでプレーする。
06/07シーズンにはイタリアの4部リーグでプレーしている。
代表歴はない。
見ていてこれという優れた部分があるわけじゃないんだけど、ここぞという場面で泥臭く、気持ちでボールを押し込みます。
インテル、ACミランではサポーターにめちゃめちゃ人気があったそうですが、ロナウド、シェフチェンコに追い出される格好になりました。