オレ グンナー スールシャール 】 179/74 1973-2-26  FW



シーズン 所属チーム リーグ 試合 ゴール
90 Clausenengen Nor 109 115
91 Clausenengen Nor
92 Clausenengen Nor
93 Clausenengen Nor
94 Clausenengen Nor
95 モルデ Nor1 26 20
96 モルデ Nor1 16 11
96 / 97 マンチェスター・U Eng1 33 18
97 / 98 マンチェスター・U Eng1 22 6
98 / 99 マンチェスター・U Eng1 19 12
99 / 00 マンチェスター・U Eng1 28 12
00 / 01 マンチェスター・U Eng1 31 11
01 / 02 マンチェスター・U Eng1 30 17
02 / 03 マンチェスター・U Eng1 37 9
03 / 04 マンチェスター・U Eng1 13 0
04 / 05 マンチェスター・U Eng1 0 0
05 / 06 マンチェスター・U Eng1 3 0
06 / 07 マンチェスター・U Eng1 19 7
386 238

ノルウェーのセンターフォワードらしく、足元の技術には定評があり、絶妙のトラップからシュートを放つ。
シュートは右左関係なく放つことができ、長身ではないが空中戦にも強さを見せる。
非常に高いキープ力を持ち、2,3人のDFに囲まれてもなかなかボールを失わない。

そして、なによりも特筆すべき点は、驚異的な集中力の持ち主で、わずかな時間で決定的な仕事をこなしてしまう。
しかし、それゆえ、スタメンに名を連ねる実力を持ちながら、スーパーサブとしてベンチを温めることが多かった。

ノルウェーのClausenengenというクラブでデビューすると、驚異的なペースでゴールを重ね、95シーズンにはトップリーグのモルデに引き抜かれる。
ここでも抜群の決定力を発揮し20ゴールを挙げると、翌96シーズンも開幕からゴールラッシュを見せる。
そして、その活躍に目を付けたのが、マンチェスター・Uであった。

96/97シーズンにマンチェスター・Uに加入するが、世界的には全く無名の選手であったため、サポーターからはその獲得に対して疑問の声が多く挙げられた。
しかし、シーズンが始まると見事なまでの決定力で、当時まだ燻っていたアンディ・コールからスタメンの座を奪う。
カントナとのコンビで面白いようにゴールを挙げ、一気にマンチェスター・Uのスターとなる。
結局このシーズン18ゴールを挙げ、リーグ優勝の原動力となった。

しかし、翌97/98シーズンにはシェリンガムの加入や、アンディ・コールの復調により、ベンチを温める機会が増える。
このシーズンはスーパーサブとして起用されたが、6ゴールに留まり、チームもリーグ優勝を逃した。

さらに98/99シーズンには、ドワイト・ヨークがチームに加入し、コールとの2トップが爆発的な破壊力を見せたため、ベンチが定位置となってしまった。
このシーズンもスーパーサブとして起用されることとなったのだが、ここで驚異的な活躍を見せる。
試合の終盤に登場すると、おもしろいようにゴールを重ねる。
エヴァートン戦では、10分間で4ゴールを挙げるという凄まじいまでの活躍を見せている。

ヨーク、コールの2トップに、スールシャールを加えたFW陣は抜群の決定力を誇り、リーグ優勝を果たすと、CLでも決勝進出を果たした。
決勝の相手はバイエルン・ミュンヘン。

この試合、バイエルンのバスラーのゴールを許したマンチェスター・Uは、この試合攻守の要であるロイ・キーンとスコールズを欠いており、
本来の攻撃を全く見せることはできていなかった。


CLでも圧倒的な活躍を見せていたヨーク、コールの2トップも全く見せ場が無かった。

試合後半にファーガソン監督は、シェリンガムとスールシャールを続けて投入する。
しかし、それでもゴールを奪うことはできず、ロスタイムを迎える。
すでにマテウスはピッチを後にし、バイエルンのベンチは勝利を確信し、涙を流しているサポーターさえいた。

ロスタイム91分。
ベッカムのCKがクリアされたが、それを拾ったギグズがシュートを放つとシェリンガムが合わし、バイエルンのゴールにねじ込んだ。
この時点でバイエルンの選手は呆然としており、集中力はかなり欠いていた。
もし、マテウスがピッチに残っていれば持ち直していたかもしれない。

ロスタイム93分。
またしてもCKを得たマンチェスター・Uは、再びベッカムがCKを蹴る。
そのボールに飛びついたシェリンガムのヘッドはボールの軌道を変え、そのボールに反応したのはスールシャールであった。
その数秒後スールシャールはチームメイトに揉みくちゃにされ、世紀の逆転劇の主人公となった。

この活躍によって、世界的に有名になったスールシャールではあったが、99/00シーズンも相変わらず3番手のFWだった。
もし、希望していれば他のチームでエースとなっていたかもしれないが、その現状を受け入れ、限られた環境の中で素晴らしい活躍を続けていく。
チームは98/99からプレミアリーグで3連覇を達成し、スールシャールは自身では納得していなかったかもしれないが、世界的に有名なスーパーサブとしての地位を確立した。

01/02シーズンには、シェリンガムがチームを去り、ヨーク、コールの2トップにも陰りが見えたため、チームはファン・ニステルローイを獲得。
そして、その相方となったのはスールシャールであった。
この2トップは面白いようにゴールを挙げた。
スールシャールはゴールだけではなく、多くのアシストを記録し更なる進化を見せた。

しかし、リーグ優勝を逃したファーガソン監督は、02/03シーズンからファン・ニステルローイの相方をスコールズにする。
これによって、再びスーパーサブとなると思われたが、ベッカムが故障したため、右のサイドハーフにコンバートされる。
そして、ここでもう一つの才能を開花させる。
右サイドで起用されたスールシャールは、鋭い突破と非常に正確なクロスを前線に供給。
さらに、内に切れ込んで多くのゴールを挙げ、その働きはベッカム以上とまで評価されることとなった。

しかし、翌03/04シーズンから故障に悩まされることとなる。
シーズン途中でピッチを離れると、ここから約2年に渡り治療に専念。

05/06シーズン、久々にピッチに姿を現すと、サポーターにスタンディングオベーションで迎えられる。
06/07シーズンには、4シーズン振りとなりゴールを挙げると、再びスーパーサブとして活躍。
4シーズン振りの優勝に大きく貢献し、完全復活と誰もが思った。

しかし、彼の足の故障は限界に来ていた。
07/08シーズンの開幕前に引退を表明し、現役生活に別れを告げた。


代表としては67試合で23ゴールを挙げている。
98年のW杯のメンバーに選ばれたが、クラブでの不調とT・A・フローという絶対的エースの存在のため、
3試合に出場したが、全てが途中からの出場で結果を残すことはできなかった。


98年のW杯以降はノルウェーの絶対的エースとなる。
00年の欧州選手権の予選ではチーム最多得点を挙げチームを本大会に導いたが、
本大会では非常に守備的だったチームの中で持ち味を出す事はできず、グループリーグで敗退。


その後、ノルウェーが低迷期に入ったためW杯に出場することはできず、03年からは故障のため長く代表を離れた。
06年には久々に代表復帰すると2ゴールを挙げる活躍を見せた。


90年以降のサッカー界でスーパーサブとして最も成功を収めた人物と言えます。
まあ、どこのチームに行ってもエースになれる実力があったので、もったいないと言えばもったいないのですが。