
【 フリオ サリナス フェルナンデス 】 188/82 1962-9-11
FW
| シーズン | 所属チーム | 国 | 試合 | ゴール |
| 82 / 83 | A・ビルバオ | Spa1 | 7 | 1 |
| 83 / 84 | A・ビルバオ | Spa1 | 6 | 0 |
| 84 / 85 | A・ビルバオ | Spa1 | 28 | 8 |
| 85 / 86 | A・ビルバオ | Spa1 | 27 | 4 |
| 86 / 87 | A・マドリード | Spa1 | 38 | 15 |
| 87 / 88 | A・マドリード | Spa1 | 37 | 16 |
| 88 / 89 | FCバルセロナ | Spa1 | 37 | 20 |
| 89 / 90 | FCバルセロナ | Spa1 | 34 | 15 |
| 90 / 91 | FCバルセロナ | Spa1 | 33 | 11 |
| 91 / 92 | FCバルセロナ | Spa1 | 17 | 7 |
| 92 / 93 | FCバルセロナ | Spa1 | 18 | 5 |
| 93 / 94 | FCバルセロナ | Spa1 | 7 | 2 |
| 94 / 95 | ディポルティボ・ラ・コルーニャ | Spa1 | 24 | 12 |
| 95 / 96 | S・ヒホン | Spa1 | 38 | 18 |
| 96 / 97 | S・ヒホン | Spa1 | 16 | 6 |
| 97 / 98 | 横浜マリノス | Jpa1 | 26 | 21 |
| 98 / 99 | 横浜マリノス | Jpa1 | 21 | 13 |
| アラベス | Spa1 | 22 | 4 | |
| 99 / 00 | アラベス | Spa1 | 28 | 8 |
| 計 | 464 | 186 |
長身であるが、ディフェンスラインの裏に抜ける動きなどを得意とし、足元の技術も持ち合わせていた。
もちろん長身を生かしたポストプレーも得意とした。
80年代半ばから90年代前半のスペインを代表するストライカーである。
バスク地方で育ち、82/83シーズンにアスレチック・ビルバオでトップデビューを果たす。
その後86/87シーズンにアトレティコ・マドリードに移籍し、そこで才能が開花する。
2シーズンで31ゴールの活躍をする。その活躍に目を付けたのは、FCバルセロナの監督に就任したヨハン・クライフである。
クライフは当時のエースであったギャリー・リネカーのプレーに好感をもっておらず、
得点力も高くポストプレーもできるフリオ・サリナスを新しいエースストライカーとして獲得した。
加入1年目の88/89シーズンから、クライフの期待通りの活躍を見せ20ゴールを挙げる。
リーグでは優勝することはできなかったが、カップウイナーズ・カップで優勝。
翌89/90シーズンも15ゴールを挙げる活躍を見せる。
そして90/91シーズンには、11ゴールを挙げリーグ優勝に貢献する。
その後リーグ4連覇に大きく貢献するが、93/94シーズンにロマーリオが加入したことによって出場機会を失う。
活躍の場を求めて、94/95シーズンはディポルティボ・ラ・コルーニャに移籍。
ここで4シーズンぶりの二桁得点を挙げる活躍を見せる。
さらに翌95/96シーズンにはスポルティング・ヒホンに移籍し、ここでこのシーズンのスペイン人としては最高の18ゴールを挙げる。
96/97シーズンのシーズン途中にJリーグの横浜マリノスに移籍。
2シーズンで37ゴールを挙げる活躍を見せる。
98シーズン終了後、横浜マリノスを退団し誰もが現役を引退すると思っていた。
しかしなんと!スペインのアラベスに移籍し現役を続けることになる。
誰もが終わった選手と思っていた。
しかしチーム加入後、貴重なゴールを連発し1部残留に大きく貢献する。
現役最後のシーズンとなった99/00シーズンもチームのエースとして活躍。38歳でありながら8ゴールを挙げ、再び1部残留の原動力となった。
代表では長くレギュラーとして活躍。ワールドカップでは3大会連続ゴールという偉業を達成している。通算成績は55試合22得点。
今でこそスペイン人の有能なストライカーは多数いるけど、当時、本当にサリナスしかいないっていう時がありました。
FCバルセロナでは彼以降、エースストライカーは全て外国人がつとめています。
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