
【 ファン アントニア ピッツィ 】 185/85 1968-6-7
FW
| シーズン | 所属チーム | リーグ | 試合 | ゴール |
| 87 / 88 | ロサリオ・セントラル | Arg1 | 2 | 0 |
| 88 / 89 | ロサリオ・セントラル | Arg1 | 26 | 12 |
| 89 / 90 | ロサリオ・セントラル | Arg1 | 31 | 17 |
| 90 / 91 | Toluca | Mex1 | - | - |
| 91 / 92 | テネリフェ | Spa1 | 34 | 15 |
| 92 / 93 | テネリフェ | Spa1 | 34 | 15 |
| 93 / 94 | ヴァレンシア | Spa1 | 19 | 4 |
| 94 / 95 | テネリフェ | Spa1 | 32 | 15 |
| 95 / 96 | テネリフェ | Spa1 | 41 | 31 |
| 96 / 97 | FCバルセロナ | Spa1 | 36 | 9 |
| 97 / 98 | FCバルセロナ | Spa1 | 15 | 3 |
| 98 / 99 | リーヴェル・プレート | Arg1 | 17 | 6 |
| 99 / 00 | ロサリオ・セントラル | Arg1 | 26 | 16 |
| 00 / 01 | FCポルト | Por1 | 11 | 3 |
| ロサリオ・セントラル | Arg1 | 10 | 4 | |
| 01 / 02 | ロサリオ・セントラル | Arg1 | 17 | 7 |
| ビジャレアル | Spa1 | 13 | 1 |
恵まれた体格を生かしたパワープレーを得意とするセンターフォワード。
抜群の得点力を誇ると共に、ポストワークも得意した。
87/88シーズンに、アルゼンチンの地元ロサリオでプロデビュー。
その後めきめきと力を付け、89/90シーズンにはシーズン17ゴールを挙げる活躍を見せた。
90/91にはメキシコのチームに移籍するが、メキシコのサッカースタイルが合わなかったようで、成績は残せなかった。
シーズン終了後に、スペインのテネリフェとスイスの名門グラスホッパーからオファーを受けるが、
テネリフェのアルゼンチン人のソラリ監督を頼って、スペインに活躍の場を移す。
スペインではメキシコでの不振が嘘のように順調にゴールを重ねる。
2シーズンで30ゴールを挙げる活躍を見せ、93/94シーズンにはヴァレンシアに引き抜かれる。
しかし、ヴァレンシアではフロントの混迷もあり、チームは低迷。
ピッツィもわずか4ゴールしか挙げられず、わずか1シーズンで再びテネリフェに復帰。
94/95シーズンにテネリフェに戻ると、再びゴールを量産する。
95/96シーズン、往年の名ストライカー、ユップ・ハインケス監督の元さらに一段上の選手に成長する。
ピッツィは開幕から順調にゴールを挙げ、その活躍を原動力にしてテネリフェは素晴らしい戦いを見せる。
このシーズン、ミヤトビッチ、ベベットらを抑えて31ゴールを挙げ見事得点王に輝き、
さらにテネリフェは5位に入り、UEFAカップの出場権を得るという快挙と成した。
96/97シーズン、FCバルセロナはリーグ得点王のピッツィを引き抜く。
しかし、このシーズンもう1人のストライカーがFCバルセロナに引き抜かれた。
その選手は怪物ロナウド。
本当ならエースストライカーとして活躍するはずであったが、ロナウドの加入により控えメンバーとなってしまう。
シーズンが始まると、ピッツィはスーパーサブとして起用される。
シーズン当初はいまいち結果を残せなかったが、シーズン中盤から持ち前の決定力を発揮。
試合後半に出場すると、立て続けに貴重なゴールを奪い、攻撃陣を支えたが、優勝は逃した。
カップウイナーズ・カップでも、ほとんどが途中からの出場であったが貴重な戦力として活躍。
ここでは、見事に優勝を果たしている。
翌97/98シーズンには、ロナウドがイタリアに去ったため、多くの出場機会が得られると思ったが、
新しく就任したファン・ハール監督はピッツィを評価せず、出場機会は激減した。
チームはリーグ優勝を果たしたが、わずか3ゴールに終わり、このシーズン終了後にバルセロナを離れた。
98/99シーズンからは、母国に戻り、名門リーヴェル・プレートでプレーするが、成績は今ひとつだった。
翌99/00シーズンには古巣ロサリオに復帰。
そこで、再びかつての得点感覚を取り戻し、ゴールを量産。
そしてその活躍が認められ、ポルトガルの名門FCポルトに迎えられるが活躍はできず、シーズン途中で再びロサリオに復帰する。
01/02シーズン途中まで、ロサリオでプレーするが、スペインのビジャレアルからのオファーが舞い込み、再びスペインでプレーすることになる。
しかし、年齢的にピークが過ぎており、かつての迫力あるプレーは見せることはできず、このシーズン終了後に現役を引退した。
スペイン代表では22試合で8ゴールを挙げている。
アルゼンチン生まれであるが、95年にスペイン国籍を取得すると、スペイン代表を選択する。
96年の欧州選手権予選で代表デビュー、予選では活躍するが、本戦では活躍できず。
98年のW杯予選でも活躍したが、本戦は1試合の出場のみで、ゴールを挙げる事はできなかった。
本当は96/97シーズンにエースストライカーとして活躍する予定でしたが、急遽ロナウドの獲得が成功したため、スーパーサブとしての起用となりました。
限られた時間の中で見事に結果を残し、役割を果たしました。
スーパーサブの座は、その後、ダニ、ラーションへの引き継がれることになります。
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