【 マルク オフェルマルス 】 173/72 1973-3-29
FW
| シーズン |
所属チーム |
リーグ |
試合 |
ゴール |
| 90〜91 |
ゴーアヘッド・イーグルス |
Net2 |
11 |
1 |
| 91〜92 |
ヴィレムU |
Net1 |
31 |
1 |
| 92〜93 |
アヤックス |
Net1 |
34 |
3 |
| 93〜94 |
アヤックス |
Net1 |
34 |
12 |
| 94〜95 |
アヤックス |
Net1 |
27 |
8 |
| 95〜96 |
アヤックス |
Net1 |
15 |
11 |
| 96〜97 |
アヤックス |
Net1 |
25 |
2 |
| 97〜98 |
アーセナル |
Eng1 |
32 |
12 |
| 98〜99 |
アーセナル |
Eng1 |
37 |
6 |
| 99〜00 |
アーセナル |
Eng1 |
31 |
7 |
| 00〜01 |
FCバルセロナ |
Spa1 |
31 |
7 |
| 01〜02 |
FCバルセロナ |
Spa1 |
20 |
0 |
| 02〜03 |
FCバルセロナ |
Spa1 |
26 |
5 |
| 03〜04 |
FCバルセロナ |
Spa1 |
20 |
1 |
| 計 |
|
|
374 |
76 |
凄まじいスピードのドリブルと、高精度のクロスを武器とした90年代を代表するウイング。
そのドリブルはスピードだけでなく、小回りもきくため相手DFにとっては非常にやっかいなものであった。
本来は左のウイングだが、左右遜色のないプレーができる。
しかし、その得意の高速ドリブルを止めるため、多くのファールを受け続け、怪我に泣かされることが多かった。
90/91シーズン、2部のゴーアヘッド・イーグルスでプロデビューを果たすと、翌シーズンには一部のヴィレムUに移籍。
91/92シーズン、ヴィレムUでシーズンを通して、鋭いドリブルを武器に活躍する。
その活躍が認められ、名門アヤックスに引き抜かれることになる。
92/93シーズン、アヤックスに加入するといきなりレギュラーとして活躍、得点王に輝いたベルカンプに多くのアシストを供給する。
93/94シーズン、ベルカンプはインテルに移籍したが、若きタレントたちの才能が一気に開花し、黄金時代を迎える。
特にフィニディ・ジョージとの左右のウイングは当時世界屈指の破壊力を持つものだった。
また、オフェルマルスは12得点を挙げ、その得点感覚も開花する。
翌94/95シーズンには、リーグをぶっちぎりの勝ち点差で優勝。
CLも決勝でACミランを延長の末破り制覇している。
95/96シーズン、この頃には、オフェルマルスの名前は世界中に広まり、ヨーロッパ中のビッグクラブの熱い目線を集める存在になっていた。
このシーズンかつてないほどの好調でシーズンを迎え、驚異的な活躍を見せるが、シーズン半ばで膝の大怪我で戦線を離脱する。
チームは圧倒的な強さでリーグ制覇、CLも2シーズン連続で決勝進出を果たした。
96/97シーズン途中には復帰するが、以前のようなキレのある動きは見られなかった。
このシーズン終了後、アーセナルに移籍。
アーセナルで徐々に本来のフォームを取り戻すと、このシーズン12ゴールを挙げ、7年ぶりのリーグ制覇に大きく貢献する。
このシーズンを含めアーセナルで3シーズン、プレーをし、中心メンバーとして活躍。
アーセナルはこの時代から、真の強豪チームへと変貌を遂げた。
00/01シーズンにFCバルセロナに移籍。
その異次元のスピードはFCバルセロナの強力な武器となり、攻撃陣を牽引した。
しかし、オフェルマルス自身は目覚しい活躍を見せるが、このシーズンからチームは低迷する。
翌シーズンには自身も怪我の影響で満足できるプレーができなくなってしまう。
02/03には怪我から完全に復帰するが、チーム事情で途中出場する機会が多くなる。
しかし、ピッチに立てば好パフォーマンスを連発した。
03/04シーズンも怪我で苦しみながらピッチに立ち続けたが、シーズン終了後の欧州選手権を最後に現役を引退した。
代表では86試合で17ゴールの成績を残している。
94年のW杯にはレギュラーとして出場するが、これといったインパクトは残せなかった。
98年のW杯では、怪我の影響から主に試合後半にスーパーサブとして出場。
その鋭いドリブルで暴れまくり、チームのベスト4に大きく貢献した。
2000年の欧州選手権では好調を維持し大会に挑む。
ゼンデンとのウイングコンビでチームを牽引し、順調に勝ち進むが、準決勝にイタリアにPK戦で敗れる。
2004年の欧州選手権にも出場し、後継者ロッベンの成長を見届け引退する。
異論はあるとかもしれませんが、オフェルマルスこそ90年代最強のウイングだと思います。
特に95年の活躍は目覚しいものがありました。
あのまま順調にプレーできていれば良かったのですが・・・・
95年の怪我が大きかったと思います。
それでも、その後あんだけのプレーを見せたんだからやっぱすごいです。
けっこうお茶目な面があったようで、チームではいつもイタズラばかりしてたみたいです。