
【 リュック ニリス 】 183/76 1967-5-25
FW
| シーズン | 所属 | リーグ | 試合 | ゴール |
| 84 / 85 | FC Winterslag | Bel2 | 14 | 5 |
| 85 / 86 | FC Winterslag | Bel2 | 25 | 11 |
| 86 / 87 | アンデルレヒト | Bel1 | 16 | 5 |
| 87 / 88 | アンデルレヒト | Bel1 | 32 | 14 |
| 88 / 89 | アンデルレヒト | Bel1 | 33 | 19 |
| 89 / 90 | アンデルレヒト | Bel1 | 27 | 10 |
| 90 / 91 | アンデルレヒト | Bel1 | 30 | 19 |
| 91 / 92 | アンデルレヒト | Bel1 | 27 | 16 |
| 92 / 93 | アンデルレヒト | Bel1 | 30 | 19 |
| 93 / 94 | アンデルレヒト | Bel1 | 29 | 25 |
| 94 / 95 | PSV | Net1 | 30 | 12 |
| 95 / 96 | PSV | Net1 | 31 | 21 |
| 96 / 97 | PSV | Net1 | 26 | 21 |
| 97 / 98 | PSV | Net1 | 24 | 13 |
| 98 / 99 | PSV | Net1 | 27 | 24 |
| 99 / 00 | PSV | Net1 | 28 | 19 |
| 00 / 01 | アストン・ヴィラ | Eng1 | 3 | 1 |
| 計 | 432 | 254 |
ベルギー最後のワールドクラスのストライカー。
ペナルティエリアの中でも外からでも、ゴールを決めることのできる万能型FW。
豪快なシュートから、テクニカルなシュートまで決めることができ、ゴール前の落ち着きは素晴らしい。
さらにアシスト能力が高く、自らゴールを挙げながら、多くのゴールを演出した。
84/85シーズンに2部リーグのFC Winterslagというクラブでプロデビュー。
着実に実力を付け、86/87シーズンには、ベルギー随一の名門アンデルデヒトに移籍する。
このシーズン、出場機会は限られながらも、結果を残し優勝に貢献。
翌87/88シーズンからは不動のレギュラーとして活躍する。
チームは連覇を果たし、ニリスはチームに無くてならない存在となる。
(この頃、グジョンセンの父親と2トップを組む)
その後も毎シーズン着実の結果を残し、ベルギーリーグの看板選手として海外にも名の知れる存在になる。
93/94シーズンには、25ゴールを挙げ自身初の得点王に輝くと共に、チームをリーグ優勝に導き、
これを置き土産に、オランダのPSVに移籍する。
94/95シーズン、PSVは大型補強を行い、ニリスと共にブラジルの怪童ロナウドを獲得する。
ニリスとロナウドの2トップは最強であった。
ニリスはストライカーとしての働きだけではなく、チャンスメーカーとしても活躍。
ロナウドに多くのアシストを供給し、ゴールラッシュを支えた。
95/96シーズンにはロナウドが怪我のため戦列を離れると、ストライカーの役割を果たし、21ゴールを挙げ得点王に輝く。
さらに翌96/97シーズンにも得点王に輝き、さらにチームを優勝に導き、オランダリーグ屈指の選手にまで成長。
98/99シーズン、チームにファン・ニステルローイが加入すると、オランダリーグ最強の2トップを形成。
2人で55ゴールを挙げるほどの活躍を見せた。
翌99/00シーズンには、チームに3シーズンぶりの優勝をもたらし、このシーズン終了後にオランダを後にする。
00/01シーズン、イングランドに移籍したニリスは、まさ油の乗りきった状態でプレミア挑戦を迎えようとしていた。
決定力があり、さらにアシスト能力も兼ね備えるFWにチームもサポーターも大きな期待を寄せ、自らも新しい挑戦に胸を躍らせ、シーズン開幕を迎えた。
しかし、悲劇が起きる。
第5節のイプスウィッチ戦でGKと交錯。
ニリスの脛は有り得ない方向に曲がり、普通の怪我ではないのは誰に目からみても明らかであった。
その後手術を行うも、ピッチに立てるような足には戻らなかった。
01年1月、志半ばで現役引退を発表した。
代表では56試合で10ゴールを挙げている。
クラブでの活躍の割にゴールが少ない。
というのも代表での初ゴールを挙げるまで、なんと24試合もかかったからである。
98年のW杯ではエースとして出場。念願であったW杯での得点を挙げた。
しかしチームはグループリーグで敗退。
骨折のシーンを写真でみたけど、あれはエグかった・・・
プレミアでも相当活躍ができると思っていただけに、ただただ残念。