
【 マルコ ネグリ 】 181/78 1970-10-27
FW
| シーズン | 所属 | リーグ | 試合 | ゴール |
| 88 / 89 | ウディネーゼ | Ita2 | 3 | 0 |
| 89 / 90 | Novara | Ita4 | 27 | 0 |
| 90 / 91 | ウディネーゼ | Ita1 | 5 | 0 |
| 91 / 92 | ウディネーゼ | Ita2 | 0 | 0 |
| Ternana | Ita3 | 23 | 4 | |
| 92 / 93 | Ternana | Ita2 | 9 | 1 |
| Cosenza | Ita2 | 25 | 4 | |
| 93 / 94 | Cosenza | Ita2 | 0 | 0 |
| ボローニャ | Ita2 | 24 | 8 | |
| 94 / 95 | Cosenza | Ita3 | 34 | 19 |
| 95 / 96 | ペルージャ | Ita2 | 29 | 19 |
| 96 / 97 | ペルージャ | Ita1 | 27 | 15 |
| 97 / 98 | G・レンジャース | Sco1 | 29 | 32 |
| 98 / 99 | G・レンジャース | Sco1 | 0 | 0 |
| ヴィチェンツァ | Ita1 | 9 | 1 | |
| 99 / 00 | G・レンジャース | Sco1 | 0 | 0 |
| S・リズボン | Por1 | 0 | 0 | |
| 00 / 01 | G・レンジャース | Sco1 | 1 | 0 |
| 01 / 02 | ボローニャ | Ita1 | 2 | 0 |
| カリアリ | Ita2 | 4 | 2 | |
| 02 / 03 | リヴォルノ | Ita2 | 20 | 8 |
| 03 / 04 | 無所属 | - | - | - |
| 04 / 05 | ペルージャ | Ita2 | 3 | 0 |
| 計 | 274 | 113 |
90年代に活躍したちょっと変わったストライカー。
プレースタイルは典型的なセンターフォワードで、ヘディンが強く強靭な肉体を持つ。
変わっているというのは、プレースタイルではなくその性格である。
力強いプレーとは相反して、非常に性格はおとなしいというか、暗いというか・・・・・・
ゴールを挙げてもあまり喜ぶこともない。
スコットランドでは素晴らしい成績を残したが、その態度が気に入らないということで、サポーターからかなり嫌われるハメとなった。
88/89シーズンに、当時2部に所属していたウディネーゼでプロデビューするが、ゴールをなかなか挙げることができずに、その後多くのチームを転々とする。
93/94シーズンの途中にボローニャに移籍すると、8ゴールを挙げ初めてストライカーとしての活躍を見せる。
95/96シーズンにはペルージャに移籍、ここではシーズン19ゴールを挙げ、1部昇格に大きく貢献する。
そして翌96/97シーズンは、ペルージャのエースストライカーとしてセリエAの舞台に挑む。
ネグリは臆することなくプレー、チームの成績は振るわなかったが、その中で15ゴールを挙げる大活躍を見せる。
チームは2部に降格するが、ネグリには多くのオファーが舞い込んだ。
そしてネグリは1つのオファーを選ぶ。
長年イタリアの決して恵まれたとは言えない環境でプレーしてきた彼には、スコットランドの名門G・レンジャースからのオファーが届いていた。
ネグリはイタリアに別れを告げ、スコットランドでプレーすることを決意する。
(はっきり言ってイタリアの小さなクラブの環境はけっこう酷いもので、ペルージャとレンジャースでは雲泥の差があったと。
中村俊輔もレッジーナからセルティックに移籍した際に、あまりの環境の差に驚いたと言っている。)
97/98シーズン、チームのレギュラーとして迎えられたネグリはスコットランドで凄まじい活躍を見せる。
イタリアとスコットランドではやはりレベルの差が大きく、
そしてフィジカルの強さを武器とするネグリにとって、スコットランドは格好の活躍の場だったのであろう。
イタリアではほとんど日の目を見なかったストライカーが、驚異的なペースでゴールを量産する。
G・レンジャースのサポーターはその得点力に熱狂するが、次第にネグリの別の点に注目するようになる。
ネグリはチームメイトやチームスタッフとはほとんど会話を交わすことも無く、握手をする程度。
仲良く会話していたのは、同じイタリア人のポリーニぐらいであった。
さらにゴールを決めてもほとんど表情を変えることもないし、サポーターからの声援にも全く耳を傾ける事はなかった。
一見無愛想とも見えるネグリの態度に対し、次第にサポーターが不満を募らせていく。
ついにはサポーターはネグリに対して応援をしないようになってしまったが、本人はそんなことは何処吹く風という感じで、相変わらずの決定力でゴールを量産した。
結局このシーズン、29試合で32ゴールという素晴らしい成績を残したが、リーグ優勝はライバルのセルティックに奪われた。
そして、ネグリはシーズンの最後までサポーターやチーム関係者といい関係を築くことはなかった。
翌98/99シーズンには、サポーターやフロントに追い出されるような形で、ヴィチェンツァにレンタルされる。
再びイタリアでの活躍が期待されたが、1ゴールしか挙げることができなかった。
その後、レンジャースに保有権があることから、レンジャースの選手として登録されていたがほとんど試合に出場することもなかった。
01/02シーズンにはボローニャに移籍。
しかしかつての動きはなく、その後イタリアのクラブを転々とし、04/05シーズンのペルージャでのプレーを最後に引退した。
代表暦はない。
スコットランドではカップ戦も含め、10試合で23ゴールも挙げた時期もあったようです。
ネグリの態度は無愛想かもしれないけど、それはイタリア時代からのもので、個性なんだから認めてあげても良かったと思います。
その後、レンジャースはギバルシュ、モルス、アウベラーゼ、フロー、カニーヒアなどの錚々たるストライカーを獲得しますが、
ネグリを上回る活躍を見せた選手はいません。