
【 プレドラク ミヤトビッチ 】 177/73 1969-1-19
FW/MF
| シーズン | 所属チーム | リーグ | 試合 | ゴール |
| 87〜88 | ブダクノスト | Yug1 | 31 | 4 |
| 88〜89 | ブダクノスト | Yug1 | 28 | 2 |
| 89〜90 | パルチザン | Yug1 | 15 | 1 |
| 90〜91 | パルチザン | Yug1 | 33 | 14 |
| 91〜92 | パルチザン | Yug1 | 25 | 13 |
| 92〜93 | パルチザン | Yug1 | 31 | 17 |
| 93〜94 | ヴァレンシア | Spa1 | 35 | 16 |
| 94〜95 | ヴァレンシア | Spa1 | 29 | 12 |
| 95〜96 | ヴァレンシア | Spa1 | 40 | 28 |
| 96〜97 | レアル・マドリード | Spa1 | 38 | 14 |
| 97〜98 | レアル・マドリード | Spa1 | 24 | 10 |
| 98〜99 | レアル・マドリード | Spa1 | 25 | 5 |
| 99〜00 | フィオレンティーナ | Ita1 | 16 | 2 |
| 00〜01 | フィオレンティーナ | Ita1 | 13 | 1 |
| 01〜02 | フィオレンティーナ | Ita1 | 13 | 1 |
| 02〜03 | レバンテ | Spa2 | 21 | 3 |
| 計 | 417 | 143 |
非常に高い技術を持ち、力強く、強引なドリブルを得意する。
前線で点取屋としても、チャンスメーカーとしても活躍することのできるプレイヤー。
87/88シーズンにトップデビューを果たし、89/90シーズンには名門パルチザンに活躍の場を移す。
翌90/91シーズンからはレギュラーとして活躍、14ゴールを挙げている。
92/93シーズンには17ゴールを挙げ、チームを優勝に導く。
そして、93/94シーズンにはスペインのヴァレンシアに移籍する。
スペインでは最初はパルチザン時代と同じMFを務めていたが、その得点能力の高さを買われてFWにコンバートされる。
95/96シーズンには28得点を挙げる活躍を見せ、チームをシーズン2位に引上げる。
得点だけではなく、ヴィオラなどへの多くのアシストも記録し、才能の非凡さを世界にアピールする。
その活躍に目を付けたのが、レアル・マドリードである。
96/97シーズンには、ボスマン判決後のチームの目玉としてレアル・マドリードに迎えられる。
多国籍軍に生まれ変わったチームは、カペッロの地味で手堅いサッカーを植え付けられ、負けないチームへと変貌していく。
ミヤトビッチは貴重なゴールを連発、シュケル、ラウールへのアシスト役としても活躍し、チームを優勝に導いた。
97/98シーズンにはリーグ優勝は逃すも、CLでは順調に勝ち進み決勝進出を果たす。
そしてミヤトビッチは決勝ゴールを挙げ、32年ぶりとなる優勝に導いた。
(ここからレアル・マドリードは黄金期を迎えていく)
98/99シーズンにはゴール数はわずか5ゴールであったが、ラウール、モリエンテスのサポート役として下がり気味のポジションで活躍。
しかし世代交代というチーム事情もあり、退団する。
99/00シーズンにはイタリアのフィオレンティーナに移籍。
そこでバディストゥータ、キエーザ、ルイ・コスタと超豪華攻撃陣を形成する。
しかし、その強引なプレープレースタイルは、イタリアサッカーの激しいプレッシャーの中では輝くことはできなかった。
結局3シーズン在籍するが、活躍できないままイタリアを後にする。
02/03シーズンにはスペイン2部のレバンテに移籍。
1部昇格は逃すが若手のお手本として活躍し、そのシーズンを最後に現役を引退した。
代表では73試合、27ゴールの成績を残している。
98年W杯予選のプレーオフでは、なんと!!2試合で7得点を挙げチームを本大会に導いている。
本大会では得点王候補として注目されるが、非常に守備的な戦術の中で活躍することはできなかった。
結局1ゴールしか挙げる事ができず、決勝トーナメント1回戦のオランダ戦ではPKを外している。
この選手はなんと言っても、見た目が怖い。
オールバックで髭を生やして目つきが鋭い、マフィアみたいに見えます・・・・・・
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