【 アンドレアス メラー 】 180/70 1967-9-2  MF



シーズン 所属 リーグ 試合 ゴール
85 / 86 フランクフルト Dui1 1 0
86 / 87 フランクフルト Dui1 22 1
87 / 88 フランクフルト Dui1 12 4
ボルシア・ドルトムント Dui1 14 4
88 / 89 ボルシア・ドルトムント Dui1 29 11
89 / 90 ボルシア・ドルトムント Dui1 32 10
90 / 91 フランクフルト Dui1 32 16
91 / 92 フランクフルト Dui1 37 12
92 / 93 ユベントス Ita1 26 10
93 / 94 ユベントス Ita1 30 9
94 / 95 ボルシア・ドルトムント Dui1 30 14
95 / 96 ボルシア・ドルトムント Dui1 23 8
96 / 97 ボルシア・ドルトムント Dui1 26 5
97 / 98 ボルシア・ドルトムント Dui1 26 10
98 / 99 ボルシア・ドルトムント Dui1 30 7
99 / 00 ボルシア・ドルトムント Dui1 18 3
00 / 01 シャルケ04 Dui1 32 1
01 / 02 シャルケ04 Dui1 32 4
02 / 03 シャルケ04 Dui1 22 1
03 / 04 フランクフルト Dui1 11 0
485 130

ドイツサッカー史上、屈指のゲームメーカー。
ドリブル、シュート、パスセンスどれをとっても超一流で、さらにフィジカルの強さも兼ね備えている。
しかし、好不調の波が大きく、特に大舞台で力を発揮できないことが多かった。
ずば抜けた能力を持ちながらスーパースターになり損ねた感がある。

85/86シーズンに地元チームのフランクルフトでトップデビューし、87/88シーズン途中にボルシア・ドルトムントに移籍すると、その才能が一気に開花する。
チームの成績は低迷したが、その中でメラーは眩いばかりの才能を発揮。
司令塔として鋭いドリブル、華麗なパスワーク、高い得点力も披露し、一気にスターダムにのし上がる。

89/90シーズンには、長年低迷していたチームを4位まで引上げる活躍を見せた。

90/91シーズンからは再びフランクフルトでプレー。
フランクフルトでも素晴らしいプレーでリーグを席巻。
ストライカーのイエボアと共に攻撃的サッカーを展開し、その才能はヨーロッパ中から注目されるものとなる。

92/93シーズンには、イタリアのユベントスに引き抜かれる。
プレッシャーの厳しい、イタリアの地でもその才能をいかんなく発揮。
ファーストシーズンでいきなり二桁得点を記録する活躍を見せ、
93/94シーズンにはチームを2位に導き、さらにUEFAカッでは優勝を果たし、初のヨーロッパタイトルを獲得した。


94/95シーズンには凱旋帰国。
再びボルシア・ドルトムントでプレーすることになる。
ヒッツフェルト監督はメラーを中心にチームを作る。
世界でも屈指の司令塔となったメラーは、シャプイサ、ツォルクらとともに攻撃陣牽引。
さらに、このチームには当時世界最高のリベロと評されたザマーが最終ラインに控えており、まさにヨーロッパ屈指の陣容であった。
チームは抜群の安定感を誇り、シーズン途中で首位に立つと、そのまま32年ぶりとなるリーグ優勝を果たす。

95/96シーズンは、故障に悩まされながらも連覇に貢献。
CLでも勝ち進み決勝に進出。
決勝ではユベントスを破り、チームとしても自らとしても初となるヨーロッパ制覇を果たしている。

その後、98/99シーズンまでチームの顔として活躍するが、翌99/00シーズンには、チームの若返りのために主力から外されることになる。

00/01シーズン、長年慣れ親しんだボルシア・ドルトムントを離れ、出場機会を求め古豪シャルケに移籍。

ボルシア・ドルトムントとシャルケは同じルール地方に本拠地を構え、ルールダービーと呼ばれる直接対決では国内最高の盛り上がりを見せる。
つまり、因縁のライバルなのである。
シャルケのサポーターは、ライバルチームの司令塔が加入したことに対して猛烈に反発。
さらに、メラー加入によって、チームの顔であったヴィルモッツが放出されたことにより、かなり厳しい目を向けられた。

しかし、シーズンが始まると、その実力でサポーターからの信頼を勝ち取る。
サンド、ムペンザの2トップを自在に操り、攻撃をリード。
昨シーズンまで降格争いをしていたチームを、首位に立つまでに成長させる活躍を見せる。
このシーズン、最終節でバイエルン・ミュンヘンに優勝をさらわれるという悲劇で幕を閉じたが、メラーは再び世界に自らの力を示した。

その後も2シーズンに渡り、シャルケの司令塔として活躍し、02/03シーズン終了後に現役を引退する予定であったが、
古巣フランクフルとからオファーを受けると、現役続行する。


03/04シーズン、故郷フランクフルトでのプレーを満喫し、現役を引退した。


代表でも長年に渡り、司令塔として活躍。85試合で29得点を挙げている。
88年に代表デビューすると、90年のW杯メンバーに選ばれる。
90年W杯では、出場時間はわずかであったが、優勝を経験する。

92年の欧州選手権からはレギュラーとなり活躍。決勝に進むも伏兵デンマークに破れ涙を飲む。

94年W杯ではチームの中心として、またスーパースター候補の1人として大会に挑んだが、不調のため途中からレギュラーから外される。
準々決勝のブルガリア戦ではスタメンに復帰し、見事なプレーを見せたが、チームは敗れた。

96年の欧州選手権、メラーは初めてと言っていいくらい万全の体制で大会に入った。
司令塔としてチームを牽引。怪我人続出する中、ザマーと共にチームを引っ張った。
決勝はカード累積のため出場できなかったが、チームはチェコを破り優勝。
代表では始めて中心メンバーとしてタイトルを獲得した。

98年のW杯ではコンディションが悪く。
またもや、大会途中でレギュラーから外されてしまい、チームも準々決勝で敗退した。


これほどの数々のタイトルを獲得し、個人的にも素晴らしい数字を残しているにも関わらず、持っている才能を発揮することが出来なかった選手と言われています
引退前にはフランクフルトでリベロとしてもプレーしました。。