
【 スティーブ マクマナマン 】 181/67 1972-2-11
MF
| シーズン | 所属 | リーグ | 試合 | ゴール |
| 90 / 91 | リヴァプール | Eng1 | 2 | 0 |
| 91 / 92 | リヴァプール | Eng1 | 30 | 5 |
| 92 / 93 | リヴァプール | Eng1 | 31 | 4 |
| 93 / 94 | リヴァプール | Eng1 | 30 | 2 |
| 94 / 95 | リヴァプール | Eng1 | 40 | 7 |
| 95 / 96 | リヴァプール | Eng1 | 38 | 6 |
| 96 / 97 | リヴァプール | Eng1 | 37 | 7 |
| 97 / 98 | リヴァプール | Eng1 | 36 | 11 |
| 98 / 90 | リヴァプール | Eng1 | 29 | 4 |
| 99 / 00 | レアル・マドリード | Spa1 | 28 | 3 |
| 00 / 01 | レアル・マドリード | Spa1 | 28 | 2 |
| 01 / 02 | レアル・マドリード | Spa1 | 23 | 2 |
| 02 / 03 | レアル・マドリード | Spa1 | 15 | 1 |
| 03 / 04 | マンチェスター・C | Eng1 | 22 | 0 |
| 04 / 05 | マンチェスター・C | Eng1 | 13 | 0 |
| 計 | 402 | 54 |
イングランド最後の本格派ドリブラー。
類稀なるテクニックの持ち主で、スピードはそれほどないのだが独特のリズムのドリブルで次々と相手を抜き去ってしまう。
90/91シーズンにリヴァプールでトップデビューすると、翌91/92シーズンからはレギュラーに定着。
その華麗なプレイスタイルで、一気にレッズのアイドルとして人気を博する。
そのシーズンに国内カップで優勝を果たし、実力、人気共にイングランドトップクラスのものになっていく。
その後、リヴァプールはファウラー、レドナップ、オーウェンなどの非常に有望な若手選手を揃えるも、
マンチェスター・Uの全盛期と重なってしまったため、リーグ優勝を果たすことはできなかった。
マクマナマンはプレイヤーとして順調に成長を続けた。
97/98シーズン終了後にはレアル・マドリードからのオファーを受ける。
マクマナマンもレアル・マドリードへの移籍を希望しており、相思相愛であったが交渉はまとまらず移籍は実現しなかった。
翌シーズン終了後に再びレアル・マドリードが獲得に乗り出し、ついに念願の白いユニフォームに袖を通す事になる。
99/00シーズンに、レアル・マドリードの一員となったが、戦術的な問題からシーズン当初はベンチを温める機会が多かった。
しかし、チームに慣れるにつれ出場機会を増やし、ただのドリブラーというだけでなく、攻守に貢献度の高いMFとして成長していった。
このシーズン、リーグ優勝は逃すが、CLでの優勝に大きく貢献した。
翌00/01シーズンには自身初のリーグ優勝を飾り、チームに無くてならない存在となっていった。
しかし、01/02シーズンに、「フランスの将軍」ジディアーヌ・ジダンが加入する。
これによって、出場機会が失われていく。
移籍の噂が絶えることはなかったが、契約期間の02/03シーズンまで控えとしてプレーし、03/04シーズンからは母国のマンチェスター・Cでプレーする。
しかし、イングランドに戻ってからは故障に泣かされ、満足するプレーはできなかった。
04/05シーズン終了後に現役を引退した。
代表では37試合に出場し3ゴールを挙げている。
96年の欧州選手権では、ガスコインと共に中盤を形成し、大会No.1ドリブラーとして活躍。
チームのベスト4に大きく貢献した。
その後も代表の中軸として活躍を期待されたが、新しく就任したホドル監督はマクマナマンを評価していなかったようで、98年のW杯では出場したのはわずか20分程度だった。
非常に線が細い選手なんですけど、けっこう守備も頑張っているイメージがあります。
リヴァプール時代は生粋のドリブラーという感じでしたが、レアル・マドリードに入ってからはドリブラーというイメージはあまりありません。