【 マーク ヒューズ 】 179/75 1963-11-1  FW



シーズン 所属 リーグ 試合 ゴール
82 / 83 マンチェスター・U Eng1 0 0
83 / 84 マンチェスター・U Eng1 11 4
84 / 85 マンチェスター・U Eng1 38 16
85 / 86 マンチェスター・U Eng1 40 17
86 / 87 FCバルセルナ Spa1 28 4
87 /88 FCバルセルナ Spa1 0 0
バイエルン・ミュンヘン Dui1 18 6
88 / 89 マンチェスター・U Eng1 38 14
89 / 90 マンチェスター・U Eng1 17 13
90 / 91 マンチェスター・U Eng1 31 10
91 / 92 マンチェスター・U Eng1 39 11
92 / 93 マンチェスター・U Eng1 41 15
93 / 94 マンチェスター・U Eng1 36 11
94 / 95 マンチェスター・U Eng1 33 8
95 / 96 チェルシー Eng1 31 8
96 / 97 チェルシー Eng1 35 8
97 / 98 チェルシー Eng1 29 9
98 / 99 サウザンプトン Eng1 32 1
99 / 00 サウザンプトン Eng1 20 1
エヴァートン Eng1 9 1
00 /01 ブラックバーン・R Eng2 29 5
01 / 02 ブラックバーン・R Eng1 21 1
576 163

マンチェスター・U復活のシンボル、それはこのマーク・ヒューズである。
前線で体を張ったポストプレーと強烈なシュート、そして前線からの凄まじいまでの守備が彼のプレースタイルであった。
典型的なイングランドスタイルのセンターフォワードと言える。


マンチェスター・Uの育成機関に14歳で入り、83/84シーズンにトップデビューを果たす。
84/85シーズンからはレギュラーの座を獲得、16ゴールを挙げ、FAカップでは見事優勝を飾る。
翌85/86シーズンも17ゴールを挙げる活躍を見せる。


そして86/87シーズンには、テリー・ベナブルス監督によりギャリー・リネカーと共にFCバルセルナに迎えられる。
2人はリーグ最強の2トップになるはずであったが、結果を残すリネカーとは違い、ほとんどゴールを挙げる事ができず、わずか4ゴールでシーズンを終える。
翌87/88シーズンは出番がないまま、シーズン途中にドイツのバイエルン・ミュンヘンに移籍となる。
しかし、ここでも輝くことはできず、6ゴールのみでシーズンを終え、失意のまま海外挑戦を終える。


86/87シーズンより、マンチェスター・Uを率いていた、アレックス・ファーガソン監督は温かく迎え入れ、彼を軸としたチーム作りを始める。
そして復帰した88/89シーズンには14ゴールを挙げ、リーグ最優秀選手に選ばれる。


89/90シーズンにはFAカップ優勝、90/91シーズンにはカップ・ウイナーズカップを獲得し初のヨーロッパタイトルと獲得する。
そして92/93シーズンには15ゴールを挙げ、26年ぶりのリーグ優勝に大きく貢献する。翌93/94シーズン、リーグ連覇を果たす。


しかし、94/95シーズン途中に新進気鋭のストライカー、アンディ・コールがニューカッスル・Uより加入する。
これによって出場機会が減り、シーズン終了後に移籍を決意する。
(この年と翌年に、カンチェルスキスやブルースなどのベテランが一気に放出され、マンチェスター・Uは新しい時代を迎える。)


移籍先に選んだのは、ルート・グーリット率いるチェルシーであった。
96/97シーズンはボスマン判決により、ヨーロッパ内の移籍が自由となり、チェルシーは他にゾラ、ヴィアリ、ディ・マッテオを獲得し、強力な補強を進めていた。


チェルシーは当時では非常に珍しい、ローテーションシステムを採用しており、そのチームの中でベテランの力を充分に発揮した。
96/97シーズンにはFAカップ、97/98シーズンにはカップウイナーズ・カップを獲得する。
98/99シーズンに9ゴールを挙げ、チームを去る。


それ以降、サウザンプトン、ブラックバーンと活躍の場を移し、01/02シーズンにリーグ・カップ優勝を置き土産に現役を引退する。

代表では72試合16ゴールの成績を残しているが、ウェールズということもあり、大舞台には縁がない。


もし、マーク・ヒューズがバルセロナかバイエルンで成功して、マンチェスター・Uに戻ってきてなかったら、
それ以降の黄金時代というのは無かったかもしれないな〜って思うのは私だけかな・・・・・