【 ルイス・オリベイラ Luis Oliveira 176/72 1969-3-24  FW



シーズン 所属チーム 試合 ゴール
87 / 88 アンデルレヒト Bel1 5 0
88 / 89 アンデルレヒト Bel1 1 0
89 / 90 アンデルレヒト Bel1 26 8
90 / 91 アンデルレヒト Bel1 33 18
91 / 92 アンデルレヒト Bel1 31 10
92 / 93 カリアリ Ita1 29 7
93 / 94 カリアリ Ita1 29 12
94 / 95 カリアリ Ita1 30 8
95 / 96 カリアリ Ita1 33 15
96 / 97 フィオレンティーナ Ita1 31 9
97 / 98 フィオレンティーナ Ita1 33 16
98 / 99 フィオレンティーナ Ita1 30 2
99 / 00 フィオレンティーナ Ita1 1 0
カリアリ Ita2 24 4
00 / 01 ボローニャ Ita1 17 1
01 / 02 コモ Ita2 38 23
02 / 03 カターニャ Ita2 36 15
03 / 04 カターニャ Ita2 38 13
04 / 05 フォッジア Ita2 14 0
ヴェネツィア Ita2 17 5
05 / 06 AS Lucchese Ita3 19 3
06 / 07 AS Nuorese Ita4 32 10
07 / 08 AS Nuorese Ita4 31 15
08 / 09 Derthona FBC Ita4 8 8
09 / 10 Derthona FBC Ita4 4 6
 計 590 208



ブラジル仕込みのドリブルと、素晴らしいスピードを兼ね備えた、90年代のセリエAを彩ったタレントの一人。

高い決定力を持ちながらも、どちらかというとチャンスメイクを得意としており、アンデルレヒトではニリス、カリアリではデリー・バルデス、ムッティ、フィオレンティーナではバティをサポートしている。

比較的地味な印象を持たれがちであるが、その実力は一級品である。

 

ブラジルで生まれ育ったが、若くしてベルギーに渡り、ベルギーの名門アンデルレヒトでプロデビューをした。

ブラジル仕込みの圧倒的なテクニックで、ベルギーリーグで異色の存在感を放ち、多くのゴールを挙げる共に、ニリスやボスマンへの数多くのアシストを記録。

ベルギー国籍を取得したこともあり、ベルギーリーグの屈指の人気選手となる。

92/93シーズンからは、セリエAのカリアリに活躍の場を移す。

当時、世界最高峰のリーグであったセリエAでも、そのテクニックとスピードはトップクラスで、決して強豪とは言えないカリアリにおいて素晴らしい成績を残した。

93/94シーズンにはデリー・バルデスとの2トップでUEFAカップの出場権を得る原動力となり、その後もカリアリの攻撃陣の大黒柱として活躍。

戦力が充実しているとは言えないカリアリは、オリベイラの在籍中、常にリーグの中位以上の成績を残している。

 

その活躍が評価され、96/97シーズンにはフィオレンティーナに引き抜かれることとなった。

98/99シーズンには、このシーズンに監督に就任したトラパットーニの元、バティストゥータ、ブラジル代表のエジムンドと共に3トップを形成。トップ下のルイ・コスタの華麗なゲームメイクから凄まじい攻撃力でリーグを席巻。

シーズン終盤にバティストゥータが怪我で離脱、エジムンドがリオのカーニバルで帰国などの事情で、リーグ優勝を逃したがCL出場権を獲得する素晴らしい成績を残している。

 

99/00シーズンにフィオレンティーナを退団し、その後は主に2部のクラブを渡り歩くサッカー人生となり、表舞台から消えてしまった印象があるが、09/10シーズンまで現役として活躍している。

 

ベルギー代表としては、31試合に出場し7ゴールを記録している。

94年のW杯前にはベルギー国籍を取得しており、セリエAでの活躍からすれば選出間違いなしと見られていたが、ベルギーリーグで活躍する選手を優先的に選出されたことにより落選。

 

98年のW杯では選出されたものの、ほとんど試合に出場することはなかった。

欧州選手権にも縁がない。

 

01/02シーズンには、セリエBでゴールを量産、得点王に輝き、コモをセリエAに導く大活躍を見せたにも関わらず、クラブの会長が、ほぼ全選手を入れ替え、
寄せ集めのチームを作るという訳のわからない方針と執ったため、放出されるという悲惨な目に合っている。


もちろんそんな寄せ集めが機能するわけもなく、コモはセリエAでぶっちぎり最下位となり、その後、3部、4部へと降格していくこととなる。






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