
【 パトリス ロコ 】 177/73 1970-2-6
FW
| シーズン | 所属チーム | リーグ | 試合 | ゴール |
| 89〜90 | ナント | Fra1 | 27 | 3 |
| 90〜91 | ナント | Fra1 | 29 | 3 |
| 91〜92 | ナント | Fra1 | 32 | 2 |
| 92〜93 | ナント | Fra1 | 35 | 6 |
| 93〜94 | ナント | Fra1 | 17 | 5 |
| 94〜95 | ナント | Fra1 | 37 | 22 |
| 95〜96 | パリSG | Fra1 | 27 | 8 |
| 96〜97 | パリSG | Fra1 | 38 | 15 |
| 97〜98 | パリSG | Fra1 | 10 | 0 |
| 98〜99 | パリSG | Fra1 | 9 | 0 |
| ロリアン | Fra1 | 20 | 9 | |
| 99〜00 | モンペリエ | Fra1 | 26 | 8 |
| 00〜01 | モンペリエ | Fra1 | 1 | 0 |
| リヨン | Fra1 | 2 | 0 | |
| 01〜02 | トロワ | Fra1 | 27 | 8 |
| 02〜03 | ロリアン | Fra2 | 38 | 10 |
| 03〜04 | ロリアン | Fra2 | 10 | 0 |
| アジャクシオ | Fra1 | 13 | 1 | |
| 計 | 398 | 100 |
素晴らしいスピードと、動物的感覚で得点を奪うストライカー。
身体能力が高く、一度調子に乗ると手を付けられない。
しかし、好不調の波が大きかった。
デサイーやデシャンなど多くの名選手を生み出した、ナントのアカデミーで育ったロコは、89/90シーズンにトップデビューを果たす。
その頃は点取り屋という訳ではなく、持ち前のスピードを生かしてアタッカーとして活躍する。
94/95シーズンには、ウエデクという最高のパートナーと共にゴールを量産。
22ゴールを挙げ得点王に輝くと共に、チームに12シーズンぶりの優勝をもたらす。
このシーズン、ナントはロコ、ウエデクの他にエンドラム、カランブー、ペドロス、マケレレという若きスター候補生が活躍、ぶっちぎりの優勝であった。
シーズン終了後、多くのクラブがロコ獲得に動き出すが、ロコはパリSGを選択する。
95/96シーズンはデリー・バルデスの影に隠れる形で、8ゴールという結果に終わったが、
96/97シーズンには本領を発揮する。
レオナルドやライーという優秀なタレントに囲まれ、リーグ優勝は逃すが、自身は15ゴールを挙げ実力を証明した。
カップウイナーズ・カップでは決勝でラビト・ウイーンを破り見事ヨーロッパタイトルを獲得する。
しかし、翌97/98シーズンには環境が一遍する。
昨シーズンの活躍にも関わらず、チームは新しいFWを2人獲得する。
フランス代表の若手FWモーリスとイタリア人FWシモーネが加入したことによって、ベンチ要員となってしまう。
(この2人のFWは活躍する事はできなかった)
更に元々質素で素朴な青年であるロコは、ビッグクラブであるパリSGのチームに馴染む事ができなかったようで、精神的にダウンしてしまう。
翌98/99シーズン途中には、ロリアンに放出されもう終わった選手かと思われたが、ここで復活する。
シーズン途中からで9ゴールを挙げる見事な活躍を見せる。
その後移籍を繰り返すが、あらゆるチームで貴重な戦力として活躍した。
03/04シーズン、アジャクシオでプレーし、現役を引退する。
代表では26試合で7ゴールの成績を残している。
96年の欧州選手権に出場し、1ゴールを挙げているが、ジャケ監督は1トップを採用していたため、ポストタイプではないロコには代表で活躍の場はほとんどなかった。
もし代表は2トップの戦術をとっていたら、かなりの数字は残していたかもしれない。
ロコこそスターになり損ねた選手です。
非常に高い能力を持っていましたが、ついていませんでした。
パリSGではシモーネやモーリスが加入していなければ、長い間エースストライカーとして活躍できていたと思うし、
代表では戦術上の理由で活躍することができませんでした。