
【 メホ コドロ 】 188/81 1967-1-12
FW/MF
| シーズン | 所属 | リーグ | 試合 | ゴール |
| 84 / 85 | Velez Mostar | Yug1 | 7 | 3 |
| 85 / 86 | Velez Mostar | Yug1 | 7 | 1 |
| 86 / 87 | Velez Mostar | Yug1 | 5 | 4 |
| 87 / 88 | Velez Mostar | Yug1 | 22 | 3 |
| 88 / 89 | Velez Mostar | Yug1 | 15 | 2 |
| 89 / 90 | Velez Mostar | Yug1 | 31 | 18 |
| 90 / 91 | Velez Mostar | Yug1 | 34 | 14 |
| 91 / 92 | レアル・ソシエダ | Spa1 | 24 | 10 |
| 92 / 93 | レアル・ソシエダ | Spa1 | 26 | 15 |
| 93 / 94 | レアル・ソシエダ | Spa1 | 34 | 23 |
| 94 / 95 | レアル・ソシエダ | Spa1 | 35 | 25 |
| 95 / 96 | FCバルセロナ | Spa1 | 32 | 9 |
| 96 / 97 | テネリフェ | Spa1 | 25 | 6 |
| 97 / 98 | テネリフェ | Spa1 | 29 | 12 |
| 98 / 99 | テネリフェ | Spa1 | 18 | 0 |
| 99 / 00 | アラベス | Spa1 | 30 | 5 |
| 00 / 01 | マッカビ・テルアビブ | Isl1 | 21 | 17 |
| 計 | 395 | 167 |
長身でポストプレーを得意とするセンターフォワード。
旧ユーゴスラビアの選手らしく、高度なテクニックを持ち、スピードも兼ね備え単独で突破することもできる。
シュートの精度も高く、完成度の高いストライカー。
MFとしてもプレーすることができる柔軟さも持ち合わせている。
当時のユーゴスラビアのVelez Mostarというクラブで84/85シーズンにトップデビューを果たし、その後着実に結果を残す。
リーグでも有数の選手として成長したが、91年にユーゴスラビア紛争が始まったため、スペインに活躍の場を移す事になる。
91/92シーズン、レアル・ソシエダに加入すると、すぐにレギュラーの座を掴み、24試合で10ゴールという好成績を残し、チームの5位に大きく貢献。
翌92/93シーズンには15ゴール、さらに93/94シーズンには23ゴールという素晴らしい成績を残し、レアル・ソシエダの英雄的な存在となる。
94/95シーズンには、35試合で25ゴールを挙げ、得点ランキングで2位になり、リーグ屈指のストライカーとしての地位を確立。
その活躍が評価され、95/96シーズンにはFCバルセロナに引き抜かれる。
このシーズンのFCバルセロナは、ドリームチームの1つのサイクルが終わり、クライフは新しいチームを作ろうとしていた。
長年、看板選手として活躍してきたクーマン、ストイチコフ、ベギリスタインなどの選手を放出し、コドロ、プロシネツキ、フィーゴ、ポペスクという選手を獲得。
さらにBチームから、デ・ラ・ペーニャ、オスカル、ロジェールという才能豊かな若手を昇格させた。
しかしこのシーズン、チームは大きく変貌したため、なかなか機能せず、そのあおりをモロに受けたのがコドロであった。
コドロはレギュラーとして出場してが、歯車のかみ合わないチームで結果を残す事はできず、32試合でわずか9ゴールしが挙げることはできなかった。
チームは、なんとか持ち直し終盤にはアトレティコ・マドリードと優勝争いを演じたが、結局3位に終わる。
シーズン終了後、会長と折り合いが悪くなっていたクライフは監督を解任される。
それと共に、コドロのバルセロナでの挑戦はわずか1シーズンで終わった。
翌96/97シーズン、ピッツィと入れ替わる形でテネリフェに移籍。
しかし、テネリフェでもソシエダ時代のようなパフォーマンスをなかなか発揮することはできなかった。
2シーズン目には二桁の得点を挙げたが活躍は続かず、99/00シーズンにはアラベスに移籍。
アラベスでも本来の姿を取り戻すことはできず、長年プレーしたスペインを離れる。
00/01シーズンは、イスラエルのマッカビ・テルアビブでプレー。
このシーズンを最後に現役を引退した。
代表としては旧ユーゴスラビア代表として2試合。
ボスニア・ヘルツェゴビナ代表としては13試合に出場し2ゴール挙げている。
レアル・ソシエダ時代のプレーは素晴らしいの一言に尽きます。クライフが獲得したもの納得できます。
ドリームチーム崩壊後にバルセロナに入ったというのはタイミングが悪すぎました。
もし、チーム状態のいいときに加入していれば、相当な成績を残せたでしょう。
代表では紛争の影響もあり、ほとんどプレーしていません。
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