
【 キコ 】 189/79 1972-4-26
FW
| シーズン | 所属チーム | リーグ | 試合 | ゴール |
| 90 / 91 | ガジェス | Spa1 | 6 | 1 |
| 91 / 92 | ガジェス | Spa1 | 37 | 8 |
| 92 / 93 | ガジェス | Spa1 | 34 | 3 |
| 93 / 94 | アトレティコ・マドリード | Spa1 | 31 | 5 |
| 94 / 95 | アトレティコ・マドリード | Spa1 | 30 | 9 |
| 95 / 96 | アトレティコ・マドリード | Spa1 | 34 | 11 |
| 96 / 97 | アトレティコ・マドリード | Spa1 | 36 | 13 |
| 97 / 98 | アトレティコ・マドリード | Spa1 | 31 | 6 |
| 98 / 99 | アトレティコ・マドリード | Spa1 | 11 | 5 |
| 99 / 00 | アトレティコ・マドリード | Spa1 | 20 | 0 |
| 00 / 01 | アトレティコ・マドリード | Spa2 | 32 | 0 |
| 01 / 02 | エクストレマドゥーラ | Spa1 | 11 | 1 |
| 計 | 313 | 62 |
大柄であるが非常に繊細なテクニックを持っている。
体を張ったボールキープと、素晴らしいパスセンスで多くのゴールを演出した。
ゴールを狙えば、量産できる能力を持っていたと思うが、FWでありながらゴールへの執着心はあまりなかったようだ。
(本人もインタビューで「ゴールよりもアシストに喜びを感じる」と言っている。)
地元チームのガジェスで90/91シーズンにトップデビューを果たす。
91/92シーズンにはレギュラーとして定着するが、翌92/93シーズンにはチームが2部に降格してしまう。
93/94シーズンには名門アトレティコ・マドリードに活躍の場を移し、1シーズン目からレギュラーとして活躍。
ゴール数は少ないが、前線の核として活躍し評価を高める。
95/96シーズンにはペネフ、パンティッチ、カミネロ、シメオネらと組んだ攻撃サッカーが爆発。
自身も初の二桁得点を挙げ、チームは見事リーグ優勝を果たし、さらに国内カップ戦も優勝し2冠を達成する。
翌96/97シーズンでは13ゴールを挙げるとともに、エスナイデルとカミネロのゴール量産に貢献する。
97/98シーズンには、新しく加入したビエリのパートナーとして活躍。
ビエリの得点王はキコの存在なくして有り得なかった。
しかし、その後チームは低迷。(原因はフロントの迷走)
そしてついに00/01シーズンには2部に降格してしまう。
キコは移籍せずに、アトレティコ・マドリードでプレーを続ける。
2部でもそのプレースタイルは健在で、パートナーのサルバの得点を演出するが、自身のゴールは0。
シーズン終了後チームから放出されてしまう。
翌00/01シーズン開幕はフリーとして迎えるが、シーズン途中にエクストレマドゥーラに加入しプレーをする。
しかし、このシーズンを最後に突如引退してしまう。
代表では26試合で、5ゴールを挙げている。
96年の欧州選手権、98年のW杯に出場している。
バルセロナオリンピックでは5得点を挙げる大活躍を見せる。
決勝戦では終了間際の決勝点を挙げ、見事金メダルに輝いている。
ペネフ、エスナイデル、ビエリ、ハッセルバイング、サルバなどのアトレティコ・マドリードの歴代のFWは、
キコのサポートの受けゴール量産しています。
98年のW杯で、まさかのグル^プリーグ敗退がほぼ決定的となっている状態でゴールを決め、喜びもせず虚しい顔をしていたのが、すごく印象に残っています。
引退の理由は「半年間サッカーから離れた生活をして、特に寂しくもなく、その生活が自然に過ごせたから」と言っていました。
![]()