
【 ジオバニ エウベル 】 182/79 1972-7-23
FW
| シーズン | 所属チーム | リース | 試合 | ゴール |
| 91 | ロンドリナ | Bra1 | - | - |
| 91〜92 | ACミラン | Ita1 | − | 0 |
| グラスポッパーズ | Swi1 | 21 | 9 | |
| 92〜93 | グラスポッパーズ | Swi1 | 21 | 11 |
| 93〜94 | グラスポッパーズ | Swi1 | 27 | 21 |
| 94〜95 | VfBシュトゥットガルト | Dui1 | 23 | 8 |
| 95〜96 | VfBシュトゥットガルト | Dui1 | 33 | 16 |
| 96〜97 | VfBシュトゥットガルト | Dui1 | 31 | 17 |
| 97〜98 | バイエルン・ミュンヘン | Dui1 | 28 | 11 |
| 97〜99 | バイエルン・ミュンヘン | Dui1 | 21 | 13 |
| 99〜00 | バイエルン・ミュンヘン | Dui1 | 26 | 14 |
| 00〜01 | バイエルン・ミュンヘン | Dui1 | 27 | 15 |
| 01〜02 | バイエルン・ミュンヘン | Dui1 | 30 | 17 |
| 02〜03 | バイエルン・ミュンヘン | Dui1 | 33 | 21 |
| 03〜04 | バイエルン・ミュンヘン | Dui1 | 1 | 1 |
| リヨン | Fra1 | 27 | 10 | |
| 04〜05 | リヨン | Fra1 | 3 | 1 |
| ボルシアMG | Dui1 | 0 | 0 | |
| 05〜06 | ボルシアMG | Dui1 | 4 | 0 |
| 06 | クルゼイロ | Bra1 | - | - |
| 計 | 356 | 185 |
豪快さと泥臭さを兼ね備えたストライカー。
ブラジル人選手特有のテクニックも兼ね備えているが、単独突破などテクニックを見せ付けるようなプレーはしない。
とにかくゴールにこだわった執念のストライカーである。
ブラジルで18歳のとき、ロンドリナというクラブでプロとなる。
91/92シーズンにスイスの名門のグラスホッパーに移籍する。(このシーズンの頭に一瞬だけACミランに在籍)
ここで持ち前のゴールセンスを発揮する。93/94シーズンには21ゴールを挙げ得点王になる。
その活躍が認められ、翌93/94シーズンにドイツのVfBシュトゥットガルドに移籍する。
そこでエウベル、ボビッチ、バラコフでブンデスリーガ最強のトリオを形成、リーグに旋風を巻き起こす。
その活躍の結果、97/98シーズン、ドイツ随一の名門バイエルン・ミュンヘンに迎えられることになる。
バイエルン・ミュンヘンは当時「FCハリウッド」と呼ばれており、スターばかりが揃い、結果をなかなか残せないチームであった。
期待されたパパンやコスタディノフは結果を残せずにチームを去っている。
そのチームでエウベルはその得点感覚を存分に発揮する。
P・セルジオ、エフェンベルグ、ショル、バスラーなど好選手に囲まれ、さらにその得点感覚は増していく。
チームはリーグ3連覇。00/01シーズンにはCL制覇。これらのタイトルはエウベルの存在無しでは考えられなかった。
6シーズンで91ゴール挙げた。またチャンピオンズ・リーグでのここ一番での決定力は目を見張るものがあった。
しかしエウベルは当時ヨーロッパで活躍していたブラジル人、ロナウド、リヴァウドと比べられると、地味な存在として見られていた。
彼はプレーで魅せるのではなく、とにかく結果を残す選手だったからだ。
エウベルは02/03シーズンにドイツに来て初めて得点王輝く。
しかし名門バイエルン・ミュンヘンは翌03/04シーズンこの地味なブラジル人を控えにして、
スペインで得点王になった「スター」ロイ・マカーイをエースにしようとチームに迎えた。
その待遇に不満を感じたエウベルは、自らチームを去る。
03/04シーズン、フランスのリヨンに移籍するが、怪我もあり、あまり結果は残せなかった。
しかしCLの決勝トーナメントで古巣バイエルン・ミュンヘンと対戦することになる。
ここでバイエルン・ミュンヘンにとどめを刺す得点を挙げ、自らの存在感を証明することに成功する。
その後、怪我やスランプが続きクラブを転々とし、今はブラジルのクラブでプレーしているようだが活躍しているという情報は耳にしない。
ちなみにバイエルン・ミュンヘンはエウベル放出後、CLで上位に進出したことがない。
00/01シーズンのCLの準決勝レアル・マドリード戦。一方的に攻められた試合で、エウベルは唯一のチャンスを決めた。
ロングレンジからのボレーを左足で豪快に決めたというものだった。
実は彼はその試合の2日前に左足の膝にメスを入れていたのである。その左足で決めたのだ。(すごい!)
代表での活躍はほとんどなかった。
当時の代表監督がブンデスリーガに注目していなかったせいか、招集されることがあまりなかった。
ブラジル人好みのプレーヤーではなかったのだと思う。たまに招集されても結果出すことができなかった。