
【 マルセル デサイー 】 185/85 1968-9-8
MF/DF
| シーズン | 所属チーム | リーグ | 試合 | ゴール |
| 86 / 87 | ナント | Fra1 | 15 | 0 |
| 87 / 88 | ナント | Fra1 | 11 | 0 |
| 88 / 89 | ナント | Fra1 | 36 | 1 |
| 89 / 90 | ナント | Fra1 | 36 | 1 |
| 90 / 91 | ナント | Fra1 | 34 | 1 |
| 91 / 92 | ナント | Fra1 | 32 | 2 |
| 92 / 93 | マルセイユ | Fra1 | 31 | 1 |
| 93 / 94 | マルセイユ | Fra1 | 15 | 0 |
| ACミラン | Fra1 | 21 | 1 | |
| 94 / 95 | ACミラン | Ita1 | 22 | 1 |
| 95 / 96 | ACミラン | Ita1 | 32 | 2 |
| 96 / 97 | ACミラン | Ita1 | 29 | 1 |
| 97 / 98 | ACミラン | Ita1 | 30 | 0 |
| 98 / 99 | チェルシー | Eng1 | 31 | 0 |
| 99 / 00 | チェルシー | Eng1 | 23 | 1 |
| 00 / 01 | チェルシー | Eng1 | 34 | 2 |
| 01 / 02 | チェルシー | Eng1 | 24 | 1 |
| 02 / 03 | チェルシー | Eng1 | 31 | 2 |
| 03 / 04 | チェルシー | Eng1 | 15 | 0 |
| 04 / 05 | Al-Gharrafa | Qat1 | - | - |
| 05 / 06 | Qatar SC | Qat1 | - | - |
強靭でしなやかな肉体を持ち、驚異的な身体能力を持つ、フランスサッカー史上最高のDF。
高度な戦術眼も持ち、ボランチとしてもプレーでき、ゾーンでもマンマークでも、能力を最大限に発揮することができる。
クラブでも代表でも多くの栄冠を獲得した偉大なプレイヤー。
ガーナに生まれ、幼いときにフランスに移住。
ナントの育成機関でデシャンらと共に育て上げられ、86/87シーズンにトップデビューを果たす。
しかし、当初はなかなかレギュラーには定着できなかった。
88/89シーズンからレギュラーに定着すると、その強靭な肉体と、抜群の身体能力を生かしたディフェンスで一気に頭角を現す。
ナントではブルチャガやデシャンらと活躍、タイトルの獲得は無かったが、充実した日々を送った。
92/93シーズンには、当時タピ会長のもと国内外からスターを集め、国内では無敵を誇り、
ヨーロッパの舞台でも強豪の仲間入りを果たしていたオリンピック・マルセイユに引き抜かれる。
このシーズン、デサイーはバジール・ボリと共に、ゴール前に鉄壁を築き、リーグ優勝に大きく貢献する。
そして、チャンピオンズカップでも順調に勝ち進み、決勝に進出する。
決勝ではACミランの攻撃陣を封じ込み、念願のフランスのチームとして初のビッグイヤーの獲得に多きく貢献した。
その活躍が認められた形で、翌93/94シーズンの途中でACミランに引き抜かれる。
ACミランのカペッロ監督は、長年主にボランチで活躍していたライカールトの穴埋めとして、デサイーと獲得しボランチにコンバートしようとしたのである。
DF一本でプレーしてきたデサイーは、このコンバートにかなり戸惑ったようだが、すぐに役割を理解。
途中加入でありながら、すぐにチームのフィットし、中盤で縦横無尽の活躍を見せる。
デサイーとバレージを中心とした脅威の守備力でリーグ優勝を果たす。
チャンピオンズカップでは、チームは順調に勝ち進み決勝に進出する。
決勝の相手は、圧倒的な攻撃力で勝ちあがってきた、ヨハン・クライフ率いるFCバルセロナ。
下馬評はFCバルセロナの圧倒的優位であった。
試合が始まると、中盤でデサイーが凄まじいプレーを見せ、バルセロナのパスワークを封じ、ミランの一方的な試合となる。
結局4対0でミランの圧勝。
デサイーは、この試合、見事なボランチの役割を果たし、自らも1ゴールを挙げ、
MVP的な活躍を見せヨーロッパ制覇に大きく貢献し、自身としては2シーズン連続でビッグイヤーを掲げた。
その後、97/98シーズンまでACミランでプレーし、多くのタイトル獲得に貢献した。
98/99シーズンには、イングランドのチェルシーに移籍する。
チェルシーではDFでプレー。
素晴らしいプレーですぐにチームの中心選手となり活躍する。
99/00にはFAカップ優勝、CLでは決勝進出を果たした。
しかし、それ以降は毎シーズンのようにリーグで上位につけるも、タイトルには恵まれなかった。
それでも、デサイーの評価は変わることなく世界屈指のDFとして君臨し続けた。
04/05シーズンにはカタールのクラブに移籍。
2シーズンプレーした後、チームを退団すると、無所属のまま半年間過ごし、その後現役引退を発表した。
代表としては116試合に出場し、3得点の成績を残している。
フランス代表の中盤には多くの名選手がいたため、監督は中盤では使わずにセンターバック一筋でプレーした。
94年のW杯予選では、ブルガリア戦のまさかに逆転負けで本大会出場を逃すが、
地元開催となった98年のW杯では、ブランと共に鉄壁のDFを築き、フランス初の世界制覇に貢献した。
ジダンばかりが注目されたが、真の立役者はブランとデサイーのセンターバックであったと言って間違いないだろう。
00年の欧州選手権でも優勝を果たし。
W杯と欧州選手権の連続優勝という初の快挙を成し遂げた。
しかし02年のW杯では、グループリーグ敗退の悪夢を経験する。
まさに最強のDFです。
身体能力だけでなく、けっこうプレーを読む力もあったように思います。
93/94のCL決勝では、1人違う生き物に見えるくらい、すごいプレーを見せました。