
【 ダリオ シルバ 】 175/73 1972-11-2
FW
| シーズン | 所属チーム | リーグ | 試合 | ゴール |
| 92 | ディフェンソール | Uru1 | 18 | 4 |
| 93 | ペニャロール | Uru1 | 20 | 9 |
| 94 | ペニャロール | Uru1 | 24 | 18 |
| 95 | ペニャロール | Uru1 | 12 | 8 |
| 95 / 96 | カリアリ | Ita1 | 33 | 3 |
| 96 / 97 | カリアリ | Ita2 | 29 | 4 |
| 97 / 98 | カリアリ | Ita2 | 27 | 13 |
| 98 / 99 | カリアリ | Ita1 | 0 | 0 |
| エスパニョール | Spa1 | 15 | 3 | |
| 99 / 00 | マラガ | Spa1 | 23 | 4 |
| 00 / 01 | マラガ | Spa1 | 26 | 13 |
| 01 / 02 | マラガ | Spa1 | 23 | 9 |
| 02 / 03 | マラガ | Spa1 | 28 | 10 |
| 03 / 04 | セビージャ | Spa1 | 27 | 7 |
| 04 / 05 | セビージャ | Spa1 | 21 | 2 |
| 05 / 06 | ポーツマス | Eng1 | 13 | 2 |
| 計 | 339 | 109 |
小柄であるが圧倒的なスピードと驚異的なバネを持つ、身体能力が高いストライカー。
決して決定力の高い選手ではないが、強烈なまでの闘争心の持ち主で、前線でチームを引っ張る頼りになる選手。
92シーズンに、ディフェンソールというクラブでプロデビューすると、翌93シーズンには名門ペニャロールに引き抜かれる。
そこで、ストライカーとしての才能を開花させると、93、94シーズンのチームの連覇に貢献。
94シーズンは見事得点王に輝いている。
国内屈指のストライカーに成長すると、95シーズンの途中にはイタリアのカリアリに引き抜かれる。
95/96シーズン、念願のヨーロッパ進出を果たしたのだが、ここから結果の出せない苦悩のシーズンが続くことになる。
このシーズン、カリアリのエースとして期待され加入したものの、わずか3ゴールに終わり結果を残すことはできなかった。
翌96/97シーズンもヨーロッパのサッカーに馴染む事はできず、チームは2部に降格する。
97/98シーズン、2部でのプレーとなったが、ここでやっと本来のプレーを取り戻し、13ゴールを挙げ、1部昇格の原動力となる活躍を見せる。
しかし、昇格したカリアリは、新たなストライカーとして、モハメド・カロンとパトリック・エムボマを獲得。
これにより、活躍の場を失ったダリオ・シルバは1部で1試合もプレーすることはなく、シーズン途中でスペインのエスパニョールに移籍する。
しかし、エスパニョールでも思うような結果と出せずに、翌99/00シーズンにはマラガに移籍することになる。
マラガに移って2シーズン目の00/01シーズンに、チームにもう1人のストライカーが加入する。
その選手は「パナマの怪物」ことデリー・バルデスである。
このシーズン、デリー・バルデスというパートナーを得たダリオ・シルバはストライカーとしての本能を取り戻す。
シーズン開幕から、2トップは絶好調。
デリー・バルデスのポストプレーから、また彼をおとりにしたプレーでゴールを次々と挙げ、ヨーロッパに渡り初めて1部で二桁ゴールを挙げる。
結局2人で30近いゴールを挙げ、チームは8位に食い込む大健闘を見せた。
その成績以上にこの2トップは、リーグ屈指の組み合わせとして非常に高い評価を得た。
その後、02/03シーズンまでマラガでプレーし、3シーズンで32ゴールを挙げる見事な活躍を見せ、03/04シーズンにはセビージャに移籍する。
セビージャでは1シーズン目は7ゴール4アシストの成績を残したものの、2シーズン目は結果を残すことはできなかった。
05/06シーズンにはイングランドのポーツマスでプレーするが、思うような結果を残すことはできず、シーズン終了後に退団した。
06年9月。ダリオ・シルバはウルグアイで交通事故に巻き込まれ、右足を切断するという悪夢に遭遇する。
もちろん、サッカー選手としての人生は終わった。
あのスピードに乗った、躍動感あるプレーがもう見れないのは非常に残念であるが、彼はいま右足に義足をつけ、指導者の道を進んでいる。
再び闘争心剥き出しにピッチ狭しと暴れまわるストライカーが、ウルグアイから現れる日も近いかもしれない。
代表としては、49試合に出場して14ゴールを挙げている。
02年のW杯予選では5ゴールを記録し、エースストライカーとしてプレーオフ進出に大きく貢献。
オーストラリアとのプレーオフの第1戦は怪我のため出場できなかったが、第2戦では怪我を押して出場し、1ゴールを挙げチームをW杯に導いた。
W杯本戦では素晴らしい動きを見せたが、ゴールを奪うことはできず、グループリーグ敗退となった。
フランス戦では、ラフプレーの瞬間をスタジアムの大モニターで何度も放映されたため、凄まじいブーイングを浴び続けながらプレーをするという経験をしている。
ヨーロッパに渡ってからは本当に苦労しました。
消えたと思っていたら、マラガで見事な活躍を見せました。
マラガでの3シーズンの活躍は数字以上に非常に印象深いものでした。
事故によって引退となったのは本当に残念ですが、これからは後継者育成に頑張ってほしいものです。
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