
【 マルティン ダーリン 】 186/84 1968-4-16
FW
| シーズン | 所属 | リーグ | 試合 | ゴール |
| 88 | Malmo FF | Swe1 | 21 | 17 |
| 89 | Malmo FF | Swe1 | 17 | 4 |
| 90 | Malmo FF | Swe1 | 19 | 7 |
| 91 | Malmo FF | Swe1 | 22 | 11 |
| 91 / 92 | ボルシアMG | Dui1 | 12 | 2 |
| 92 / 93 | ボルシアMG | Dui1 | 20 | 10 |
| 93 / 94 | ボルシアMG | Dui1 | 27 | 12 |
| 94 / 95 | ボルシアMG | Dui1 | 24 | 11 |
| 95 / 96 | ボルシアMG | Dui1 | 23 | 15 |
| 96 / 97 | ASローマ | Ita1 | 3 | 0 |
| ボルシアMG | Dui1 | 19 | 10 | |
| 97 / 98 | ブラックバーン・R | Eng1 | 19 | 4 |
| 98 / 99 | ハンブルガーSV | Dui1 | 8 | 0 |
| 計 | 234 | 103 |
黒人選手特有の瞬発力とバネを持ち、そのドリブルは一瞬でトップスピードに乗ってしまうため、マークに付く選手は一瞬で彼を見失ってしまう。
ヘディングも強く、強烈なシュートも打てる、大柄で胸板も厚いため、一見肉体派の選手のように見えるが、非常に柔軟なテクニックを持っている。
視野が広くチャンスメイクと得意とし、ポストプレーヤーとしても、少し引いた位置からでも攻撃の基点となることができる。
まさに万能型のFWと言えるのだが、1つ欠点があった、それは故障が多いということである。
毎シーズンのように故障に悩まされ、フルに活躍できたシーズンはほとんどなかった。
結局、故障が原因で30歳で引退している。
地元のLunds BKというユースクラブでサッカーを学び、プロデビュー前にも関わらず、かなり有名な存在となる。
88シーズンに、強豪Malmo
FFでトップデビューを果たす。
すると、いきなり17ゴールを挙げ、リーグ優勝の立役者となる。
翌89シーズンもチームは連覇を果たし、ダーリンは国内屈指のタレントとなり91シーズンまでMalmo
FFでプレーし、91/92シーズンの途中に、ドイツのボルシアMGに引き抜かれることになる。
92/93シーズンには、レギュラーに定着。
プリプセンらと共に攻撃を牽引する。
しかし、この頃から小さな怪我を繰り返し、シーズンをフルに活躍することはできていない。
翌93/94シーズンには、エッフェンベルグが加入した事により、ダーリンの才能はさらに開花する。
94/95シーズンには、ダーリン、エッフェンベルグ、ヘルリッヒのトライアングルで攻撃サッカーを繰り広げ、長年低迷していたチームをリーグ5位という好成績に導く。
翌95/96シーズン、ヘルリッヒはチームを去ったが、ダーリン自らチームの中心となり大活躍を見せ、リーグ4位の成績を残すと、
シーズン終了後には多くのチームからオファーが届くことになる。
イタリアのユベントスへの移籍が有力であったが、一転してASローマへ移籍することになる。
96/97シーズン、ASローマではエースストライカーのバルボの相棒として活躍を期待されていたが、
イタリアのサッカーに全く適応することができず、わずか3試合のみの出場で、10月には再びボルシアMGに戻ってしまう。
ボルシアMGに戻ると、故障で苦しみながらも、水を得た魚のように再び素晴らしいプレーを見せ、不調のどん底で苦しむチームを引っ張った。
翌97/98シーズンからは、イングランドに活躍の場を移した。
しかし、イングランドでは結果を残すことはできず、さらに練習中の故障により出場機会は断たれてしまう。
結局19試合で4ゴールという結果で再びドイツに戻る。
98/99シーズンは、ハンブルガーSVでのプレーとなったが、かつてのダーリンの姿はそこにはなく、
このシーズン8試合に出場したのみで、シーズン終了後に現役を引退した。
代表では60試合で29ゴールという見事な成績を残している。
92年の地元開催となった欧州選手権ではブローリンと共に、攻撃陣を牽引。
見事ベスト4の成績を残す。
それ以降、スウェーデンのエースストライカーとして君臨。
94年のW杯予選ではチームの最多得点を挙げ、ブルガリア、フランスを押さえ、グループ1位で本戦出場に大きく貢献した。
W杯本戦でも、グループリーグでは3ゴールを挙げ決勝トーナメント進出に大きく貢献。
決勝トーナメントではグループリーグ途中から2トップを組むことになったK・アンデションと絶妙のコンビネーションを見せ、多くのゴールを引き出した。
K・アンデションのゴール量産はダーリンの動きがなければ有り得なかっただろう。
スウェーデンはこの大会で3位となり大躍進を遂げた。
スウェーデン代表初の黒人選手です。
故障が多く、若くして引退したのは本当に残念でした。
引退後はファッションの世界で活躍しており、その名も「dahlin」というブランドの代表かなんかをしているらしいです。
けっこう有名みたいですよ。
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