【 マルコ ブランカ 】 182/77 1965-1-6  FW



シーズン 所属 リーグ 試合 ゴール
81 / 82 Grosetto Ita4 25 7
82 / 83 カリアリ Ita1 0 0
83 / 84 カリアリ Ita2 0 0
84 / 85 カリアリ Ita2 25 2
85 / 86 カリアリ Ita2 27 2
86 / 87 ウディネーゼ Ita1 18 2
87 / 88 サンプドリア Ita1 9 1
88 / 89 ウディネーゼ Ita2 28 4
89 / 90 ウディネーゼ Ita1 27 9
90 / 91 サンプドリア Ita1 21 5
91 / 92 フィオレンティーナ Ita1 23 5
92 / 93 ウディネーゼ Ita1 29 8
93 / 94 ウディネーゼ Ita2 29 14
94 / 95 パルマ Ita1 25 7
95 / 96 ASローマ Ita1 7 2
インテル Ita1 24 17
96 / 97 インテル Ita1 21 5
97 / 98 インテル Ita1 7 1
ミドルスブラ Eng2 12 9
98 / 99 ミドルスブラ Eng1 6 1
363 101

多くのチームを渡り歩き、いつにはインテルでエースストライカーにまで登りつめた苦労人。
ペナルティエリナ内で勝負するタイプのストライカー。
それほど長身ではないが、ヘディングが強く、オーバーヘッドなどアクロバティックなプレーも得意としていた。

81/82シーズンに、Grosettoという4部に属するクラブでデビューする。
そこでまずまずの結果を残すと、1部のカリアリに引き抜かれる。
しかし出番がないまま、カリアリは2部に降格。

84/85シーズンに、初めて出場機会を得るが、あまり結果を残せないまま86/87シーズンにウディネーゼに移籍。

このシーズン1部リーグでの初ゴールを挙げる。

翌シーズン、サンプドリアでプレーし、88/89シーズンには2部に降格したウディネーゼに復帰する。
89/90シーズン、チームは1部昇格を果たし、ブランカは初めて1部でシーズンを通してレギュラーとして活躍する。
アルゼンチン人ストライカーのバルボとの相性も良く、9ゴールの成績を残すが、チームは2部に降格。

90/91シーズン、再びサンプドリアの活躍の場を移す。
サンプドリアにはヴィアリとマンチーニという不動の2トップがいたため、ブランカは控えの扱いとなる。
しかし、ブランカはスーパーサブとして素晴らしい活躍を見せる。
このシーズン、ボスコフ監督率いるサンプドリアは開幕から絶好調で、首位をキープする。
シーズンの終盤、ブランカは大事な場面で途中交代で出場すると、勝負を決めるゴールを連発し優勝に大きく貢献した。

その後、フィオレンティーナ、ウディネーゼ、パルマ、ASローマというクラブを渡り歩き、各チームでそれなりの結果を残す。

95/96シーズンの開幕直後にはデルベッキオとの交換トレードで、インテルに移籍する。

ブランカは初のビッククラブでのプレーにも関わらず、その得点感覚を遺憾なく発揮する。
移籍当初はゴールは少なかったが、環境に慣れるにつれて相棒のガンツと共にゴールを量産。
1部リーグでは初となるハットトリックも達成し、17ゴールを挙げ、不振のチームをUEFAカップ圏内にまで引上げる大活躍を見せた。
ASローマでの2ゴールを含めると、19ゴールを挙げるという見事な成績を残した。

しかし、翌96/97シーズン、インテルはチリ代表ストライカーのサモラーノを獲得したため、出場機会が激減。
わすか5ゴールという寂しい結果で終わってしまう。

さらに97/98シーズンには、怪物ロナウドが加入したため、ベンチに入ることすらままならない状況になってしまったため、シーズン途中にイングランドの当時2部に所属していたミドルスブラに移籍。
ここでは持ち前の勝負強さを発揮、短期間でゴールを量産しチームの1部昇格に大きく貢献した。

98/99シーズン、活躍も期待されたが、怪我のためほとんど試合に出場することはでず、シーズン終了後には現役を引退した。

代表歴はないが、アトランタオリンピックにはオーバーエイジ枠で出場し、4ゴールを挙げている。


長い下積み時代を経て、インテルでレギュラーとなり、その時の相棒が、これまた苦労人のガンツというのは何か運命を感じます。
そのペナルティエリナ内でのプ動きは、ファン・バステンと似ているとも言われており、「スワン」という愛称で親しまれたそうです。