
【 イブラヒム バ 】 180/70 1973-11-12
MF
| シーズン | 所属チーム | リーグ | 試合 | ゴール |
| 91 / 92 | ル・アブール | Fra1 | 1 | 0 |
| 92 / 93 | ル・アブール | Fra2 | 28 | 0 |
| 93 / 94 | ル・アブール | Fra2 | 33 | 3 |
| 94 / 95 | ル・アブール | Fra1 | 33 | 3 |
| 95 / 96 | ル・アブール | Fra1 | 33 | 2 |
| 96 / 97 | ボルドー | Fra1 | 35 | 6 |
| 97 / 98 | ACミラン | Ita1 | 31 | 1 |
| 98 / 99 | ACミラン | Ita1 | 15 | 0 |
| 99 / 00 | ペルージャ | Ita1 | 16 | 1 |
| 00 / 01 | ACミラン | Ita1 | 5 | 0 |
| 01 / 02 | オリンピック・マルセイユ | Fra1 | 9 | 0 |
| ACミラン | Ita1 | 2 | 0 | |
| 02 / 03 | ACミラン | Ita1 | 3 | 0 |
| 03 / 04 | ボルドン・W | Eng1 | 9 | 0 |
| 04 / 05 | Caykur Rizespor | Tur1 | 2 | 0 |
| 05 | Djurgarden | Swe1 | 14 | 1 |
| 計 | 269 | 9 |
この選手を覚えているだろうか。彼こそ近年稀に見る一発屋。
サッカー界のロッドマンなど色々言われ、素晴らしい才能を持ちながら、その才能を発揮できなかった。
右サイドをものすごいスピードのドリブルで駆け上がり、無尽蔵のスタミナ走り回る。
その動物的な身のこなしは見るものを圧倒した。
91/92シーズンに、ル・アブールでトップデビューする。
チームは2部に降格するが、その後レギュラーとなり活躍を始める。
96/97シーズンからは、名門ボルドーでプレー。
ここで、パパンやミクーというトップレベルの選手と共にプレーする中でブレイクする。
このシーズンのバは、とにかく止めようがないほどの勢いがあった。
躍動感に溢れるプレーは多くの人の目を引き付け、誰もが新しいスターが生まれたと思うほどであった。
そして、その活躍にいち早く目を付けたのがイタリアのACミランである。
シーズンが終わると、すぐにACミランと契約をした。
ACミランはカペッロがチームを去った後、成績が低迷。
チーム再建の目玉がこのバであった。
97/98シーズン、ミランは他にレオナルド、マニエロ、ガンツ、A・クルス、A・アンデルソン、ツィーゲなどの大量の選手を補強したが成績は低迷した。
バはシーズンを通して右サイドハーフでレギュラーとしてプレー。
時折素晴らしいプレーを見せたが、シーズンを通してそこそこのプレーに終始した。
翌98/99シーズン、ザッケローニが監督に就任する。
ザッケローニは右サイドにウディネーゼ時代の教え子であるヘルベグを定着させる。
これによりバは出場機会を失い、チームは優勝を飾るも出場試合数は15、ほとんどが途中出場だった。
99/00シーズンは、ペルージャにレンタル移籍。
活躍が期待されたが、かつての素晴らしい動きは無く、凡庸なプレーを続け、ここでもレギュラー争いに敗れる。
00/01シーズン、ACミランに復帰。
どういう契約になっていたのかは分からないが、バは活躍の機会すらないまま、02/03シーズンまでACミランに在籍。
世間から完全に忘れられた存在となってしまった。
その後、イングランドやトルコのチームを渡り、05シーズンにスウェーデンのチームでプレーし、その後の情報は無い。
引退したのかな。
代表では8試合で2ゴールを挙げている。
代表でもかなり期待され、最初は結果を残したが、その後の低迷により代表を外れ、それっきりとなった。
ボルドー時代のブレイクした時はかなり騒がれましが。
どのサッカー雑誌でも大きく扱われていましたが、ミランに来てからはさっぱり、、、、、
試合にも出ないし、完全に忘れられた存在となってしまいました。
選手名鑑を買って、毎シーズン、ACミランに所属しているのを発見し「まだ、いたのか!」と驚いたのを覚えています。