【 ダニエル アモカチ 】 179/83 1972-12-30
FW
| シーズン | 所属チーム | リーグ | 試合 | ゴール |
| 89 | Ranchers Bees | Nig1 | - | - |
| 90 | Ranchers Bees | Nig1 | - | - |
| 90 / 91 | クラブ・ブルージュ | Bel1 | 3 | 0 |
| 91 / 92 | クラブ・ブルージュ | Bel1 | 26 | 12 |
| 92 / 93 | クラブ・ブルージュ | Bel1 | 23 | 9 |
| 93 / 94 | クラブ・ブルージュ | Bel1 | 28 | 14 |
| 94 / 95 | クラブ・ブルージュ | Bel1 | 1 | 0 |
| エヴァートン | Eng1 | 18 | 4 | |
| 95 / 96 | エヴァートン | Eng1 | 25 | 6 |
| 96 / 97 | ベジクタシュ | Tur1 | 30 | 7 |
| 97 / 98 | ベジクタシュ | Tur1 | 27 | 8 |
| 98 / 99 | ベジクタシュ | Tur1 | 20 | 4 |
| 99 / 00 | ベジクタシュ | Tur1 | 0 | 0 |
| 01 | 無所属 | - | - | - |
| 02 | コロラド・ラッピズ | U.S.A.1 | 0 | 0 |
全てを凌駕する圧倒的なフィジカルの強さと、凄まじいまでの身体能力を持つ選手。
ニックネームは「ブル」であるが、まさにその名の通り、強引なプレースタイルが持ち味で、当り負けるなんとことは有り得ない。
179cmで83キロという数字からも分かるように、かなり体が横に大きいが、動きに重さは感じられない。
抜群のバネとスピードも持ち合わせ、外見に似合わずボールタッチは柔らかい。
強烈なパーソナリティの持ち主で、問題を起こすことが多かった選手。
16歳でナイジェリアのRanchers
Beesというクラブでデビュー。
90年のアフリカネイションズカップで代表として活躍すると、その活躍に目を付けたベルギーの名門クラブ・ブルージュニ引き抜かれる。
ベルギーに渡ってからは、レギュラーポジションを獲得するまで少々時間はかかったが、91/92シーズンからはレギュラーとして活躍。
得意の身体能力の高さを生かしたプレーで、すぐにベルギーリーグ屈指のFWとなる。
そのシーズンには、ベルギーカップ優勝に大きく貢献。
翌92/93シーズンには、リーグ優勝を果たし、その原動力となったアモカチはヨーロッパでも注目される選手となった。
93/94シーズンには自己最多の14ゴールを挙げ、さらにこの年に行われたアフリカネイションズカップではレギュラーとしてナイジェリアの初優勝に大きく貢献、
まさに絶好調で94年のW杯を迎える。
94年のW杯では、ナイジェリアは初出場に関わらず、優勝候補に挙げられるほどの高い前評判を得ていた。
グループリーグの初戦のブルガリア戦で、ナイジェリアの攻撃力が爆発する。
イエキニのゴールで先制すると、前半の43分にはゴール前でアモカチが驚異的な身体能力を生かした、凄まじいゴールを挙げる。
結局3対0でブルガリアを下し、世界中にナイジェリアの強さを強烈にアピールした。
アルゼンチンには敗れるも、ギリシャ戦ではアモカチのゴールを含める2ゴールで勝利し決勝トーナメント進出を決めた。
決勝トーナメント1回戦では、イタリアと対戦。
この試合、CKからアムニケが押し込みナイジェリアが先制するが、ナイジェリアらしさの出ない試合を進める。
そのままリードしナイジェリアは逃げ切るかと思った試合終了間際、それまで眠っていたR・バッジオにゴールを許すと、
延長でもR・バッジオにPKを許し、イタリアの驚異的な粘りの前に大会を去った。
W杯での活躍が認められる格好で、94/95シーズンの途中には、イングランドのエバートンに引き抜かれる。
エバートンではD・ファーガソンとの2トップで活躍。
このシーズン、FAカップで順調に勝ち進み、準決勝ではアモカチの2ゴールで勝利。
決勝ではマンチェスター・Uに1対0で競り勝ち、見事FAカップを制した。
96年のアトランタオリンピックにはオーバーエイジ枠で出場。
カヌとの2トップで大会を席巻。
準決勝では優勝候補のブラジルを激闘の末破り、決勝ではアルゼンチンと対戦。
決勝では2対1とリードされて迎えた後半に、アモカチは見事なループシュートを決め、
さらに試合終了間際にはアムニケの決勝ゴールをアシストし、金メダルの原動力とる活躍を見せた。
96/97シーズンからは、トルコのベジクタシュに活躍の場を移す。
トルコでもその破壊力満点のプレーでファンを魅了する。
97/98シーズンには国内カップを制するが、このころから膝の怪我に悩まされるようになる。
98年のW杯では、時より全盛期のような凄まじいプレーを見せたが、怪我のため満足なプレーをすることはできなかった。
チームは決勝進出を果たしたが、決勝トーナメント1回戦、デンマークに4対1で完敗、大会を去った。
その後、膝の怪我は悪化し、99/00シーズンにベジクタシュから放出される。
ドイツの1860ミュンヘンと契約寸前までいくが、メディカルチェックで膝の怪我が完治していないことが判明、この契約は流れた。
フランスの2部リーグのチームで練習に参加するが、これも契約に至らなかった。
02年には、アメリカのコロラドのチームと契約するが、渡米した際にはめちゃめちゃ太っており、プレーするどころではなかった。
結局1試合も出場することなく解雇された。
それでも現役にこだわったアモカチは、U.A.E.のクラブと契約するが、怪我のため契約破棄となった。
その後、現役を諦め指導者の道を歩んでいる。
90年代の強いナイジェリアのシンボル的な存在でした。
彼を上回る身体能力の持ち主は、現れることはないでしょう。