
【 ロナルド デ ブール】 180/75 1970-5-15
MF
| シーズン | 所属チーム | リーグ | 試合 | ゴール |
| 87〜88 | アヤックス | Net1 | 1 | 1 |
| 88〜89 | アヤックス | Net1 | 17 | 5 |
| 89〜90 | アヤックス | Net1 | 20 | 7 |
| 90〜91 | アヤックス | Net1 | 14 | 1 |
| 91〜92 | トゥベンテ | Net1 | 33 | 11 |
| 92〜93 | トゥベンテ | Net1 | 16 | 11 |
| アヤックス | Net1 | 15 | 5 | |
| 93〜94 | アヤックス | Net1 | 28 | 5 |
| 94〜95 | アヤックス | Net1 | 25 | 5 |
| 95〜96 | アヤックス | Net1 | 30 | 7 |
| 96〜97 | アヤックス | Net1 | 28 | 5 |
| 97〜98 | アヤックス | Net1 | 30 | 7 |
| 98〜99 | アヤックス | Net1 | 15 | 2 |
| FCバルセロナ | Spa1 | 13 | 0 | |
| 99〜00 | FCバルセロナ | Spa1 | 20 | 1 |
| 00〜01 | FCバルセロナ | Spa1 | 0 | 0 |
| G・レンジャース | Sco1 | 17 | 6 | |
| 01〜02 | G・レンジャース | Sco1 | 24 | 7 |
| 02〜03 | G・レンジャース | Sco1 | 33 | 16 |
| 03〜04 | G・レンジャース | Sco1 | 16 | 2 |
| 04〜05 | Al-Rayyan | Qat1 | - | 3 |
| 05〜06 | Al-Rayyan | Qat1 | - | 5 |
右のMFが本来のポジションであるが、センターフォワード、ウイング、サイドバックとしてもプレーすることができる選手。
非常に精度の高いクロスを武器とし、多くの得点を演出すると共に、自らゴールを挙げることもできる。
あまり取り上げられることはなかったが、結構ドリブルがうまい選手でもあった。
名門アヤックスのユースで双子の兄フランクと共にエリートとして成長し、87/88シーズンにトップデビューする。
デビュー後も順調に実力をつけ、89/90シーズンには初のリーグ優勝を経験する。
しかし、その後不調が続き、91/92シーズンにはトゥベンテにレンタル移籍する。
そこで素晴らしい活躍を見せ、翌92/93シーズン途中にアヤックスに復帰する。
アヤックスに復帰してからは不動のレギュラーとして活躍。
93/94シーズンから3連覇を果たし、94/95シーズンにはCLで優勝、まさにアヤックスの黄金時代を築いた。
国内最優秀選手にも2度選ばれ、オランダを代表する選手になる。
その後もアヤックスで活躍を続けるが、98/99シーズン途中に恩師ファン・ハール監督率いるFCバルセロナに移籍する。
(この移籍の際、アヤックスとロナルドは揉めに揉め、かなり険悪な関係でチームを離れた)
FCバルセロナでは、移籍したシーズンにいきなりリーグ優勝を経験するが、ルイス・エンリケとポジションが重なっていたため、充分な活躍はできなかった。
翌99/00シーズンはルイス・エンリケも併用という形になったが、満足する結果を残すことはできなかった。
00/01シーズンには新しく監督に就任したフェレールとの確執から、グラスゴウ・レンジャースに活躍の場を移す。
グラスゴウではレギュラーとして素晴らしい活躍を見せる。
02/03シーズンには、16ゴールを挙げ、チーム得点王として活躍し、見事リーグ優勝と国内カップ優勝を果たす。
03/04シーズンの終了後に、再び兄フランクと一緒にプレーするためにカタールに旅立ってしまった。
代表では67試合に出場し、13ゴールを挙げている。
94年のワールドカップに出場し、ベスト8という結果を残すが、あまりインパクトにある活躍を見せることはできなかった。
98年のW杯では中心メンバーとして大会に出場。
2得点を挙げる活躍を見せ、チャンスメーカーとしても抜群の存在感を示した。
準々決勝ではロナルドのドリブルが起点となり、ベルカンプにパス、ベルカンプが頭で落とし、クライファートが決めるというシーンがあった。
これは大会の指折りの素晴らしいゴールであった。
準決勝では試合終了間際にクライファートの同点弾を見事なクロスでアシストしている。
このロナルド獲得からファン・ハールのバルセロナはおかしな方向に向かっていったような気がします。
ロナルドが一流のプレイヤーであることに間違いはないけど、ルイス・エンリケがいるのになぜ???って思いました。
結局99/00シーズンには併用で、両選手が調子を崩してしまい、チームも下降線をたどります。
本当に兄フランクとはそっくりです。
ユニホームを替えてピッチに現れても誰も気付かなかっただろうな。